14杯目 歌声ひびくチェリージュース
「アスミさん、チェリ好きです?」
「はい、チェリーも大好きです」
「それはよかたです」
「なにかあったんですか?」
店について早々そんなことを言われ、首を傾げる。
新メニューだろうか。
「おとぎの国からイッパイ届いたです」
「わあ、すごくたくさん!」
カウンターの内側、キッチン台にチェリーの箱の山があった。
どれもガーネットのようにぴかぴかつやつやと濃くまんまるい。
「ルスキニアのチョコもまだまだあるですし、チェリボンボンでも作るです」
「……ユメミさんと王様って仲良しなんですか?」
「とゆより、
「……弟!?ユメミさん弟がいるの!?」
「
意外だ。当たり前だけど、おとぎの国でも兄弟の概念があるとは。
どんな人だろう。やっぱり小さいのかな?ユメミさんと瓜二つだったりして。
なんて考えていると、裏口の方から小さな光のテントウムシが飛んできた。
ユメミさんはそれに頷き、消えた光テントウの代わりに光の蝶を飛ばす。
最近知ったのだが、どうやらこれはおとぎの国の主な連絡手段らしい。
「またどこかで異変が?」
「はい、ま、ちょどよかたと思いましょ」
「ちょうど?」
「異変はセプテムジカ……つまり音楽の国、そこで起こりました」
わからないけど、ユメミさんのことだからちょうどいいのだろう。
その音楽の国・セプテムジカに着けばなにかわかるはずだ。
◆
「え~っと、しましま、しましま、しましま……そしてしましま」
「しまとゆより五線譜だたはずです」
「そっか、楽譜か」
賑やかな国ではあった。それが悲嘆の声じゃなければわたしも喜んだだろう。
そしてどういうことか、街を行く人行く人、みんなしましま……じゃなくて、訂正、五線譜や楽譜を手にしていた。
わたしがしましまと勘違いするのも仕方なく、それらには音符や記号というものがただのひとつも存在していなかったのだ。
これから描くんだよ、という訳ではないと街の様子から判断できる。
「これじゃ演奏ができないじゃない!!」
「歌も歌えないぞ!!」
「警報だって鳴らない!!」
てんやわんや。
「楽譜がなくたって歌ったりはできると思うけど……」
「音とゆものは音符たちが鳴らしてるですから、歌はただの言葉になるです」
「そういうものなのね……」
確かに、楽器を弾こうと試みる人達もいるが、ピアノはガコガコ、ヴァイオリンはギシギシ、ティンパニはスカスカ。みんなそれぞれの持つ音が鳴らない。
「あの、えーっと、音符たちが家出(?)しちゃったことに心当たりは?」
「ないわ……でもソの音符のさいごの言葉は憶えてる、音符の捨て台詞ね」
「はぁ……それで、その音符はなんと?」
「いつもいつもソの音ばっかりでつまらない、自分探しの旅に出る、と」
なんだそりゃ。
頭を抱えていると、割り込むようにして人が話しかけてきた。
「シの音符もよ!」
「その音符はなんと?」
「シ、の音符だったら!!」
「ええ、ですからその……じゃなかった、そちらの、音符はなんと?」
「『わたし、ドの隣なんて気に食わないわ』ですって!!」
「フォルテもだ!『わたしはフォルティッシモより強くないから……』と!!」
なんだそりゃ。
「そのフォルティッシモだってそうさ!『わたしはフォルテのように優しくなれないもの……』だってさ!!」
「ああもうとにかく落ち着いて!なんとかしますから!!」
一同を宥め、一定の距離を取ってもらう。目がチカチカするし。
「あの……じゃあ、新しい曲を作るのは?」
「見ててごらんよ」
空っぽの楽譜にさらさらと曲を書き込む男性。
頭の横にくるくるっとした髪の毛がいくつかあった。
音楽室で見たことがある感じの。あれって、ウィッグらしいよ。
「あ、あれ……?」
「気安く描くな、奏者ふぜいが」
「なんだと!?」
描かれた音符や記号は楽譜をするりと抜け出し、作曲者にひどい言葉を吐いた。
まるであっかんべーをするような動きの後、どこかへ飛び去ってしまう。
「あ、追いかけなきゃ!」
「そちは任せるです」
「ユメミさんは!?」
「対策を作るです」
「わかった!また後でここに!」
音符(もう、総合してこれでいいや)を見失ってしまう前に追いかけないと。
スカスカと足踏みしていた体を前に倒し、駆け出す。
足音まで空ぶってるみたいでなんか変なの。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「うわ、人間が追いかけてきた」
「なによ、フラットさんに気があるっていうの?」
「よせやいシャープさん、行こう」
「ちょっと待ってったら!!」
仲睦まじく、そして空高く去ってしまった。
空じゃ追いかけられない。
「あの、音符って元々……喋るんですか?」
「喋ると言えば喋るね……ドは『ド』ってさ!ハハハハ!!」
「はぁ……」
近くにいた人に聞いてみたが、お酒を飲んでいるようで冗談ともマジともつかない返答をされてしまった。でも、きっとさっきのように喋るものではなかったはずだ。
「考えろ、わたし……」
この異変も、きっと人間が関わっている。
人間の世界のものが関係しているはずだ。
音符を家出させるようなもの……音符を喋らせるようなもの……。
全然わかんない。
「見て、フラットさん……人間がまだ考え込んでる」
「人間ってくだらないね、シャープさん」
……いや、戻そうとするからだめなんだ。
戻りたい、そう思わせるべきなんだと……思う。
「……あの」
「うわ喋った」
「わたしは楽譜に戻ってほしいとは言わないわ!」
「へ?」
「…………ね?ちょっとだけ、話をしてみたいだけで」
シャープとフラットは、首を傾げているように揺れた。
◆
「ね?だから私たち、抜け出してやったの!」
「うんうん、すごくわかる」
「どこへ行くかはもう決まってるの!そう、『どこか』よ!キャハハハハ!!」
この音符、さてはさっきの酔っ払いの楽譜から抜け出したんじゃ……。
「とにかく、そうね、抜け出したいって最初に思ったのはいつ?」
「そうねぇ……今朝!急に抜け出したい気持ちが芽生えたのよ」
「急に?」
「僕たち、昨日までは特に不満はなかったんだ」
「一緒に月明りにセレナーデを奏でたものね?」
「そうさ、シャープさん、きみがいなかったらセレナーデは……」
いちゃいちゃし始めた音符は置いといて、わたしは「急に」というのが気になっていた。やっぱり、例の青年が来てたんだ。そして何かをしていった。
それも、今朝。
わたしたちがここに来る、ほんの少し前に。
「どうしよう、誰か酔っぱらってない人……」
いや、とりあえず収穫は得た。
一度ユメミさんのところへ戻ろう。
「ねえ、音符さんたち?」
「なぁに?話の分かる人・間・さ・ん」
「わたし、色々な国へ行ってて、素敵な旅先を知ってるんだけどな~……」
「まあ!どこ!どこなのよ!」
「ふたりで行きたいんだ、ぜひ教えてくれ!」
わたしは心の中で手を叩いた。
「そうねぇ……これからその国を通るから、ついでに乗って行く?」
トントン、と肩を叩くと、音符たちはものすごい勢いで乗り込んだ。
よし、とりあえずふたりつかまえた。
◆
「モルト、あなた『と~っても』ね、クスクス」
「え~?モレンドの言うことなんて聞こえないなぁ~ぼそぼそ言うなよ」
「なによ!!」
「なんだよ!!」
「いいかい!!ぼくは『レ』だ!!きみの!半音上!!」
「レはレでしょう!!大して変わらないわよ!!」
「それならあたちだってかわらないでちゅ!!」
「レント!もっと早く歩けよ!!」
「え~~~~~?な~~~~に~~~~~~?」
「アジタートは怒ってばっかりね!!」
「フェローチェこそ怒ってる!!」
いたるところで音符たちがぶつかり合っている。
これじゃ音楽どころじゃないだろう。
ボウル片手に何かしているユメミさんを見つけ、駆け寄った。
「ユメミさん!」
「ちょどよかた、アスミさん、歌は得意です?」
「歌?う~ん……そんなに、かな」
「ならよろしです」
「ちょっとぉ、いい旅先はどうしたのよ」
「ちょっと待っててね、用事が済んだら行く予定だから」
「わたしたち、ソステヌートのようにのんきに待っていられなくてよ!」
ユメミさんは軽くウィンクした。よくやった!って意味だと思う。
「ん……あら?もしかしていい旅先ってここかい?」
「え?」
「なんだかソレ、とっても惹かれるわ……」
ユメミさんはやがてボウルの中身を、銀のお盆に乗った厚みのあるグラスに注ぎ、周りを花やチェリーで飾り付けた。アイスクリームまで乗せて。シャープとフラットだけでなく、そこらでぶつかり合っていた音符たちまで集まってくる。
「な、なに?」
「チェリは見た目が音符に似ていますから、歌に出るです」
「そうなんだ!」
「このチェリジュスは誰かが飲むことで効き目が出るですが……今はむしろ誰も飲まないことで、音符たちがうずうずしているですね」
確かに。音符たちがプルプルと震えながら五線譜に近寄っていく。
抗えない引力に吸い込まれるように、やがて音符たちは叫んだ。
「さっさと演奏しなさいよ!!」
「もう好きにするがいいさ!!」
「そうやって音符を焦らして楽しい!?」
しゅる、とさいごのひとり(?)が楽譜に収まり、街は歓喜の声を上げた。
喜ばしいけど……鼓膜が破れそう。
ユメミさんが嬉しそうにチェリージュースを差し出してきた。
「お祝いするです」
わたしは声が枯れるほど歌い、笑った。
街は音楽と歌で溢れ、笑いと踊りに溢れていた。
◆
§
「……あーぁ」
線のないヘッドフォンを燃やし、ため息をつく。
また駄目だった、と。
街から歌や音楽がきこえる。
セプテムジカらしい、いつもの音が。
§
◆
「チェリーボンボン、おいしいですね」
「ならよかたです」
「でも結局、原因はなんだったんだろう……」
「あのまま5日ほどいましたけど、異変もなかたですね」
わたしたちはチェリーボンボンを食べながら、まあいいかと笑い合ったのだった。
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