12杯目 ドラジェ、そしてエスプレッソ


「今までの異変から、予測しました」

「予測?」

「たぶん、次に行く光の国では、眩しすぎて何も見えないか……光が失われているために何も見えないか、そのどちらかのはずです」


元素を司る国には、元素を損なう異変が起きている。

そうユメミさんは言った。


「そこで、ワタシたちはうんざりするほどこれを食べることになるです」

「これなんです?石みたい……」


誕生日プレゼントのような大きな箱にぎっしりと詰められた何か。


固くて重くて、それでカウンターを叩くとゴツゴツと鳴る。

見た目はパステルカラーでなめらかにまるくて、すべすべしてる。

食べてみてと言われ、口に放り込む。甘い。でも固くて噛めない。


「ドラジェです」

「ああ、これが!」

「純粋に木の実と砂糖だけ使いましたので大分固いです、その分長持ちするです」


祖父母のいる国では結婚式でよく配られてるとかなんとかいうやつだ。

シュガ―プラムとかコンフィットとも呼ばれているというアレ。

こんぺいとうの踊りだったかな、たしか元はこれの王女様だったとかなんとか。

もごもごしながら頷いていると、ユメミさんは店内の電気を消した。

のだが、なんだか明るい。ユメミさんがほんのりと照らされていてまるで……。


「そです、アスミさんが輝いているです」

「わぁ……そっか、真っ暗かもしれないんですもんね」

「光の国に行くの時に、いくつか約束があるです」

「約束?」


まず、光の国は今までの国とは比べ物にならないくらい広い。

だから、どんなに重くてもドラジェは過剰に持って行くこと。

はぐれた場合はその場を動かずユメミさんを呼び続けること。

ドラジェを噛むと歯が折れるだろうから、噛まないこと。


「平和な国とはいえ、今は何が起こるかわかりませんから」

「わかりました……そうだ、キャリーケースを持って行きましょうか」

「よいですね、重いものも持ち運べるです」


ドラジェの量産体制に入ったユメミさんを残し、わたしは支度をするために自分の家に帰った。キャリーケース、彼の分もあったからそっちをわたしが使って、わたしのはユメミさんに持って行こう。


「なにが必要かな……」


魔法の国では役に立たないかもしれないけど、いや、むしろ変なことの原因になるかもしれないけど…………うん、一応懐中電灯とペンライト。キャンドルとライター、マッチ。キャンプ用にしまってあったランプも持って行こう。

逆に眩しかった時のために、サングラスもいくつか持って行こう。目薬も。


「ふう、結構大荷物になりそうだなぁ」


これに大量のドラジェも加わるわけだし。



結局、ドラジェはキャリーケースの9割を埋めた。

ユメミさんの荷物は、ワーオ、エスプレッソマシンだ。

それとコーヒー豆。キャリーケースの他に、いつものカバンを背負っている。


「すごいですね……」

「ドラジェに飽きても食べなければいけませんから、エスプレソでごまかすです」


なんだか怖くなってきた。

もし、もし万が一彼だったらどうしよう?


「でも、お砂糖の塊で明るくなるなんてすごいですね」

「お砂糖には幸せが含まれてるですからね」

「お砂糖ならなんでもいいの?」

「ドラジェは、おとぎの国でも結婚式に使われるです」


やっぱりこういう箱に入ったドラジェたちが、新郎新婦の合図で魔法の花と一緒に箱からパーッと飛び出してくる。参列者は同じような箱を持って待機していて、その箱にキャッチできたドラジェの数だけ、いいこと、幸運なことが起きるのだとか。

おとぎの国はイメージが大きく影響するらしい。


「たとえばホトチョコは、空の国でのよに、心の内側の幸せに関するです」

「だから檻を破れたのね」


また一口にチョコといっても、やはりレシピによって効果が違うらしい。

ふと、しばらく前に知り合った妖精夫婦のことを思い出した。


「妖精の国のお姫様たちも結婚式を挙げたのかしら」

「それどころではないよですね、おとぎの国の騒ぎがみんな集まるですから」

「大変なんだなぁ……」

「でも、式を挙げる際にはアスミさんもお呼びしたいそなのでスケジュルを空けておいてくれ、と彼らから言伝を預かりました」

「もちろん!ユメミさん次第だもの、一緒に行きましょうね!」

「はい、カタチだけの結びつきとゆのも寂しものですしイッパイお祝いするです」

「わたし、お祝いに箱いっぱいのキャンディを作ろうかな」

「よいですね!彼らにはこの上ない贈り物になるです」


持ってきててよかった、と思い手帳に書き込む。

数ページ先、随分未来の話だけど。それまで毎日が楽しみになる予感がする。

予定した挙式日の前後数日を空けるのだと言われ、そんなにお店をお休みして大丈夫かなぁとも思ったけど。


「さ!光の国に行くですよ!」

「はい!」



「……真っ暗、ですね」

「外れていてほしかたですが……対策できたことを今は喜びましょ」

「よし、えっと……」

「ドラジェの箱は、渡したバスケトに入れて常に一つは手に抱えておくよに」

「そして、手の平にもいくつか乗せておくこと……ですよね?」

「よろしです」


光の国は、闇の国と表現したくなる有様だった。

白を抜けた瞬間から一切の光が失われ、闇に包まれる。


「とにかく足元が見えないことには始まらないし……始めましょうか」


ドラジェをひとつ食べると、体の光が近くの街燈に吸い込まれた。

体はまたすぐに光り出し足元やユメミさんを照らすが、またすぐ別の街燈に吸い込まれる。それを繰り返して、うすぼんやりとだけど、街を確認できるようになった。


「……なるほど」

「エスプレッソの瓶も渡しておくです、約束、憶えてますね」

「はい……ちょっと怖いけど、たぶん大丈夫」


おそるおそるといった風に歩き、人がいないか捜す。

いくら探しても、姿も声も、気配すらなかった。


「みんな、どこに行ったのかな……」

「家の中で大人しくしてるとよいですが」

「わっ!!」

「なにかみつけたですかアスミさん」

「そこ絶対なんかいたなんか動いた……!!」


光に包まれたユメミさんは、呆れたように半目になっていた。

だって、こんなに暗いところって……なにもそんな顔しなくても。


「人間は未知を恐れるですけど、人間は不思議を愛するです」

「そう……そうかな……」

「未知も不思議も同じものなのに、どして恐れるですか?」

「……たしかに?」


言われてみれば、夢幻茶店にはのお客さんが来たこともある。

「イマドキおばけなんて流行らないのかなぁ……」なんて悩んでたっけ。

そう思うと、そこにいるのがおばけだったとしても怖くないな。

わたし、一体何を怖がってたんだろう。


「……コホン。誰かいませんかぁ~」

「ふふふ、アスミさんは素直でよろしですね」


いつものほほえみに戻ったユメミさんとふたりして、街に灯りを燈し続けた。

それはぼんやりとしたもので、光と呼ぶには頼りないものだったけど。


「大昔のロンドンみたい」

「そなんですか?」

「ええ、霧の街とも言われてたけど、本当はスモッグらしくて……冬の夜にはこんな風に灯りがぼんやりと遮られていたんですって」


ここに満ちている闇がスモッグじゃないことを祈ろう。

ドラジェの中身であるナッツを噛み潰し、新しいドラジェを口に放り込む。


しばらくして。


「……どうしよう」

「どしましょね」


人がいないから異変の聞き込みをできない。

どこかしらの扉をノックしてみても、返事がない。

わたしたちはいわゆるお手上げ状態になってしまったのだった。


「とにかく燈し続けるしかないです」

「そうですね……」


エスプレッソを飲み、ドラジェを放り込む。

街らしき場所は未だ暗く、そして誰もいない。

わたしが異変を起こしては元も子もないので懐中電灯は使わない方がよさそう。


ふたたび物陰で何かが動いたが、怖くなかった。

怖くないゆえに、それはわたしにひとつの閃きをもたらしたけど。


「わかった、人だ!行こうユメミさん!」

「ちょ、ちょい待つです、アスミさ…………」


ひらりひらりと逃げるそれは、服の裾のように見える。

ユメミさんを呼びながら、わたしは必死にそれを追いかけた。



ふしぎな人だった。


街の暗闇よりずっと暗い姿の人。


足を止めたことにすぐ気付くほどに、くっきりと暗い闇。


「ぼく、異変の原因、知ってるよ」


わたしより少し年下くらいの誰かが、そう言った。

キノコの森の人たちとは違う形のローブを纏っている。


鳥の羽みたいな、いや、天使の羽を黒くしたような……。


「探してたよ、きみのこと」



「ユメミさーん」

「あ、アスミさん!?」

「ユメミさん!」

「よかた、なんともないですか!?」

「大丈夫!ユメミさんこそどうして来なかったんですか?」

「追いかける前にアスミさんが消えたですよ!」


少年に言われた通りに進むと、ユメミさんを見つけることができた。

この街の人かな。お礼を言う前にどこかへ行ってしまったけど。


どこかで見たことがあるような子だったなぁ。

髪の毛も瞳も真っ黒で、心なしか猫背な感じの。


「とにかく、異変の原因を聞いてきましたよ」

「それはよかたですけど……誰です?」

「わかんないけど、ユメミさんのところにも案内してくれたし……」


少年の言葉を思い出しながら街を歩き、やがてコルク栓をされた瓶を見つけた。

片手で持つには少し大きいくらいの、どこにでもありそうな瓶。


だから、偶然だと思い込もうとしたのだ。

わたしの家にあるのと、常備していたキャンディを入れていた瓶と同じもの。


「空っぽに見えるけど……」

「蓋を開けるです、アスミさん」

「わかりました」


軽く力を入れると、蓋は簡単に開いた。

そして瓶の中から目映い星のようなものが噴水のように飛び出し、わたしたちは瓶を地面に置いて少し離れた。

持ってきていたサングラスをユメミさんにも渡し、その様子を見守る。


「閉じ込められてた光が戻ているですよ」

「ユメミさん、見て!街が明るくなっていく!」


夜明けが来たみたいに、ぽわりぽわりと光が宿る。

クリスタルのように透き通った煉瓦が敷き詰められた地面に、星を咲かせた花、煌めきを混ぜ込んだ石で建てられた家たち。


光の国にふさわしい、目を開けていられないほど目映い光景だ。


光の粒が地面に落ちると、それが人に変わる。


「街の人たちも、閉じ込められてたんだ……」

「これで聞き込みができそですね」


そう、青年の足取りを追わなくては。



「結局、大した情報は得られなかったですね……」

「仕方ないです、とりあえず店に帰るです」

「はい……あ、ちょっと待ってください!」

「どしたです?」

「ほら、助けてくれた子にお礼を言いたくて」


光の国の白い人たちの中では、きっとすぐ見つかるだろうと思っていた。


しかし探せども探せども、そんな子はいないと聞かされるだけ。


街の人全員にお礼を言われるくらい長い時間探したけど、見つけられなかった。


わたしたちは腑に落ちないものを抱え、少なくなったドラジェを抱え店に帰った。


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