11杯目 魂を解き放つホットチョコレート


「ゆ、ユメミさ~ん!」

「どしたです」

「なんかめちゃめちゃでかい包みが送られてきて……」


わたしより数回りも大きい包み。

運んできた空飛ぶ象が空も飛ばずに重さに泣いていた。

重くてお届けが遅れたと、何度も謝っていたので宥めておいた。

家具だろうかと最初は思ったが、どうやら違う。

漂う香りでなんとなく察しはついたものの、送り状(のようなもの)を読んでびっくりのあまりひっくり返った。


「これ全部、チョコレートらしいです」

「ちょ…………」


いつも微笑んでいるユメミさんですらフリーズしてしまう大きさ。

わたしよりもでかいのだ、もちろんユメミさんの10倍以上はある。


「もうじき冬でよかったですね(?)」

「おとぎの国も冬ならですね(?)」


ふたりとも困惑してしまった。そもそもこんなものを送り付けてくるなんて、善意だとしても度が過ぎている。送り主を確認しないと。


「ケツァール・カエルム国王……王様から?」

「と、とりあえず……店に入るくらいに砕かないと……」


わたしは両腕でやっと抱えられるくらいのチョコレートの塊を手に入れた。

どうしよう。どうしようこれ。チョコレートは大好きだけどどうしよう。

ひとは行き過ぎた富をいきなり手に入れるとパニックになるらしい。


「ん?ケツァルカエルム?」

「はい、王様から……重っ」


とりあえずまな板の上に置いた。

確実に20㎏以上はある。どうするべきなのこれ。


「なるほどルスキニアからです、早い話、また頼み事ですね」

「ルスキニアさん?が、頼み事でこんなでっかいチョコを?」

「いくらかは今回のことに使うです」

「そうなんだ!よかった……のかな……?」



今回のメニューは現地で作った方がいいらしく、わたしたちは氷山の一角ならぬ巨大チョコの一角を担いでおとぎの国へ向かった。

1週間分の買い出しに行ったってこうはならないと思う。


「ケツァル・カエルム……空の国とでも呼びましょ」

「空の国……これを持ってぇ……?」

「迎えをよこさせるです」


ユメミさんはどこからか光の蝶を取り出し、空へ放った。


「空の国は……人間界で言う楽園エデンや天国のよなところです」

「天国……」

「生まれ変わりを望むなら別の国に移るですが、基本は穏やかで賑やかなとこです」


しーん。


迎えらしい雲の気球は来たものの、なんの喧騒も聞こえてこない。


「……ヘンですね」

「いつもならもっと賑やか?」

「そです、これじゃまるで……」


分厚い雲を抜け、浮き島のような空の国へ到着した。


しかし、ただのひとりも、見つけられない。


「なるほど……恐らくこれがヘンのことです」

「じゃあ……とりあえず、ルスキニアさん……王様に聞くしか……ないですね」

「……うん」


国の大地はきちんと土でできているようで、不安定さはなかった。

天空の城なんとかみたいだ。島が浮いてる。


おそらくというか明らかに、あれがお城だろう。

島の一番高いところに、一番大きく建てられているあれだ。


あちこちに声をかけながらそこを目指すものの、なんの返事もない。

実にあっさりと、なんの障害もなく辿り着いてしまった。

そこでも人の気配はなく、わたしたちは途方に暮れてしまう。


「王様ぁ~!いませんかぁ~!」

「これルスキニア!!呼んでおいていないとはなんですか!!」

「だれかいませんかぁ~!」

「アスミさん、シッ!」


ユメミさんに制止されるまま黙ると、今まで聞こえなかったものが聞こえてきた。

人の声だ。それも数えきれないほどたくさん。でも遠い。

どこから聞こえているんだろうと耳を澄ます。


「………………下?」


わたしたちが立っている地面の遥か下から声がする。


「だ、誰か……埋められちゃったってこと……?」

「いえ、おそらく地下室かなにかです……行きましょ」

「え、いいの?」

「呼んだのはルスキニアです、ワタシたち悪くないです」

「そうだけど……」


止める理由が見つからず、仕方なくユメミさんに続いてお城に潜入した。



気球が来たくらいだから、似たような何かがあると思ったの。

エレベーターとまでは言わないけど、気球みたいな何かで昇り降りできるんじゃないかなって。なんでこんなことを考えるかって?だって、チョコが重いんだもの。


「アスミさん、先にチョコをキチンに置くです」

「やった!そうしましょう!」


岩のようなチョコレートを広々としたお城のキッチンに放り、軽い足取りで声の主を探していく。やがてこれまた大きな扉……の隣に小さな扉を見つけた。

わたしたちは顔を見合わせ、どちらともなく頷いた。


「……階段?」

「下に降りるのですから、地下と思うです」

「降りてみましょっか」


柱に手を添えて、螺旋階段をぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると降りていく。

果てがないように感じて、少しだけ怖くなる。

それでも、ユメミさんがあんまり堂々と先を行くものだから、後を追わないわけにはいかないのだけど。


途中からは恐怖より安堵が勝った。

地上で聞こえていた声が、降りるにつれてどんどん大きくなっていたから。

やっぱりみんな、地下室らしいところにいるみたい。


「しめた!扉ですよ、アスミさん」

「やっと終わりがきた!……でも帰りもあるんですよね?」


今までの途方もない下りの時間を、今度は上りでやらなくてはならないのか。


「そゆワケでもないみたいですよ」


ガコン。と振動がした後、何かの稼働音が響いた。

ギシギシと、まるで歯車の回るような音。

あるなら言ってよ、エレベーター。


「下はこことして、上がどこに出るかですね」

「……この際、上ならどこでもいいよぉ~……」


帰りのことは置いといて、今は人々の声だ。


「…………」

「…………ひ、どい」


人という人は皆、檻の中に閉じ込められていた。

よくある、一ヶ所の檻にたくさんの人が入ってるあれじゃない。


「人だ!なあアンタ、助けてくれよ!王様が変になったんだ!」

「王様を罰してくれなくてもいいから私達を助けて!!」


膝を抱えて座った人間にそのまま水のように鉄を垂らしたみたいな、ぴったりと隙間のない檻。縦にも横にも格子が走り、身動きすらできない檻だった。


それが、ひとの魂の数だけ、天井から吊り下げられている。

鎖の長さのせいか、檻同士がぶつかることはない。


「……おとぎの国に、こんなひどい人がいるだなんて思いもしなかった」

「そですよ、おとぎの国にはいるはずがないのです」


いたとしても、いじわるおおかみとか、ずるいきつねとか、ひきょうなこうもりくらいの、そこまで悪とも言えない者たちだけだ。そうユメミさんは言った。


「……やっぱり、人間が……?」

「……おそらく」


ふと、彼のことが頭をよぎった。どこかにいる、とだけわかった彼。

どこかというのは天国なのかと思いながら、わたしはなんとなく彼が関わっているんじゃないかと疑ってしまった。左手の薬指にはめられた指輪を撫でる。


そんなわけない、よね。


「えっと、じゃあ……これをやったのは王様ね?王様はどこにいるの?」

「知らないよ!とにかく助けてくれ!話はそれからだ!」

「だって、頼み事をしてきたのは王様だし……!」

「タイヘンな人は、気付かないうちに心もタイヘンになるのです……仕方ない、先に彼らを助けるです」

「……はぁい」



「あぁ、ひとつ上の階に出るのね」


エレベーターで楽々上がってきたわたしは、キッチンに行き温めたミルクとチョコの塊、それからわたしたちの荷物(言われてないけど、たぶん必要だと思って)を道中見つけた台車に乗せて再びエレベーターに乗っていた。


「アスミさん!助かりました、荷物も頼むところでした」

「よかったぁ~……それにしても、どうして王様はこんなことしたのかな?後悔してるからチョコを送ってきたとか?」

「それは……考えにくいですね……」

「王様、元々意地悪な人なの?」

「……ではなく、こんなことをしない、とゆ意味で、ですね」


ユメミさんが言うには、王様という割に偉いのは肩書きだけで、気が弱く風や空が好きで、自らも城から出ては暗くなるまで鳥や自然と戯れているような人だったようだ。人々を城に招いて食事することも多々あったらしい。


たしかに、そんな人ならきっと、こんなことはしない……できないだろう。

また何か、人間界の機器が関わっているのだろうか。


たましを解き放つホトチョコです、さじでひとすくいずつ彼らに」

「わかりました、すぐに」


水差しに入ったホットチョコレート。

銀のさじですくい、檻の隙間から彼らの口に含ませていく。


「おわっ」

「おっとっと」

「た、たすかった……?」

「出られた!」


効果は抜群で、飲むや否や檻を弾き飛ばし跳ね回っている。

安心したが、囚われている数が多く、解放された人々に構っている余裕はない。


「……よし、あとすこ……し……」


奥の方は最初に閉じ込められた人がいるらしく、弱っている人もいる。

最初にこちらから助けるべきだった、と気づく頃にはほぼ片付いている状態だった。

数が減るにつれ、人々の騒めきが数舜止み、別のざわめきとなって蘇る。


「…………お、王様?」


一番奥の奥、幾重もの鎖で隠すように巻かれていた檻の中に、王様がいた。

おそらく、真っ先に捕まっていたのだろう、喋ることも危うい。

残りのホットチョコレートを全て王様の口に流し込むと、栄養のおかげかやっと身動きをとれるようになった。


この、心の奥から湧き出てくる衝動はなんだろう。

悲しみとも、怒りとも、閃きともつかないような気持ちが爆ぜては消えていく。


「……ユメミさんのお店にチョコレートを送ってくれたのは、あなたですね?」

「…………うぅ、その通り……私は……」

「今は休んでください……」


ブランケットを丸め、王様の頭の下に差し込む。


困惑にも似た声が止まない。


「ルスキニア……もと早く言えです……」

「あ、そう言えば、配達が遅れたって謝ってました」

「それはしかたないです……全く、先に手紙を送ればよいものを……」


ユメミさんから説明を聞いた。

元々空の国では死者の魂そのものだけが存在していること。

魂だけということは感情がダイレクトに現れるということ。

悩みすぎて自らの魂を「ハートの檻」に閉じ込めてしまう者がたまにいること。

そんな時はチョコレートを送り、ユメミさんに助けてもらっていたこと。

だからユメミさんは王様からチョコレートが送られてきたというだけで大体の事情は理解できる。ただ、今回は量が異常だっただけで。


「あんな檻は、他人でないと作れないです」

「そっか……」


とにかく今は、救助した人たちを安全な場所へ運ばないと。

エレベーターがなければ、わたしは泣きながら行き来したに違いない。



しばらくすると、みんな心も体も(魂だけなのに変だけど)元気になってきて、王様も起き上がれるようになった。魔法の材料が常備されていて助かった。


「ルスキニア、全部話すですよ」

「…………旅人だという青年がやってきたから、私はもてなしたのだ……しかし、眠っている間に籠に入れられ、鎖で覆い隠された……」

「王様、その青年って……どんな人でした?」

「……空を映し、星のように輝く瞳を持った青年だった」


心臓が変に鳴る。

わたしが彼と初めて出会った時、全く同じように思った。

印象的な彼の瞳を見て、そう、思わずにはいられなかったのだ。


「……彼はどこへ?」

「……アウローラ…………ウィンクルム……」


王様はそう言って再び眠りについてしまった。衰弱しているのだから仕方ない。でもわたしは王様を起こして問い正したくて仕方がなかった。


「アウローラ、ウィンクルム……」

「光の国、ですね……そしておそらく……」


ユメミさんはそれきり何も言わなかったが、わたしも気付いていた。

きっと次に騒動が起こるのはアウローラ・ウィンクルム、光の国だ。


「ユメミさん……しばらく……わたしの我儘に付き合ってほしいんです」

「アスミさんの頼みとあればいくらでも」


光の国へ行かなくては。


「そのためにも、王様を元気にしないと」

「焦りは成功を挫くですよ」

「そう……そうですよね」


計画を練って、最短で行動しなければ。


「とにかく王様の偽物を捕まえる……気球を降ろした人がいるはずだから」

「それは……必要ひつよないと思です」

「どうして?」

「いま騒ぎを起こしているのに出てこないのがその証です」

「……そう」

「旅人の青年が偽物と思うです」


じゃあもう、行ってしまったのか。


「とにかく、光の国へ……」


逢いたいのか、逢いたくないのか。

今の状況では、わたしにはわからなかった。

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