10杯目 アヤカシの森、七色のお茶
「アスミさん、これから出かけませんか?」
「へ?また何かあったんですか?」
突然の誘いにそう言うと、ユメミさんはぷっと噴き出してしまった。
一通りからからと笑い、首を振る。
「いえ、そろそろ茶葉の
「わ、それは初めてかも!」
「お仕事でなく、友として遊ぼ、と誘てます」
「……!もちろん!」
よかった、仲良くなったと思ってたのはわたしだけじゃなかったんだ。
「茶葉の補充ってことは……畑?」
「そです、ふるさとの森に行き摘むです」
「ふるさと!いいんですか?一緒に行っても」
「もちです!じゃ、支度するです」
「はぁい」
表に出て、看板をひっくり返す。
食料に関しては向こうにたくさんあるらしく、手ぶらでいいとのことだった。
裏口から見慣れた白……ラク・ラクリマだったっけ?とにかくそれに飛び込むと、今日はすぐに白が晴れた。途端に、目の前に巨大な船が現れる。
「道のりは長いですから、船です」
「わぁ~……そんなに遠いんですか?」
「
「よくわかんないけどまあいいや」
お茶と焼き菓子をいくらか船に積み、出航した。
◆
「そろそろ着くですよ」
「はぁい」
わたしは道中のほとんどを甲板から海を見ることに費やした。
すぐ後ろのテーブルでたまにユメミさんとお茶したりして。
それで一言に白と言っても、濃淡や陰影があることに気付いた。
やっぱり海なんだ。
でもわたしたちが歩いてきたってことは、また何か不思議が関わっているのだろう。
景色が見えた辺りで船は停まり、わたしたちは数時間ぶりに(時間の概念はここにはないけど)大地を踏みしめた。
「広い森だぁ」
「よこそ、わがふるさとへです」
「おじゃましま~す」
ユメミさんに案内され、森を進んで行く。
森といっても、キノコの森のように鬱蒼と湿った感じはなく、地面の近くでも透きとおった爽やかな風が吹いていた。木漏れ日が気持ちいい。
しばらく歩くと、一軒のログハウスに辿り着いた。
ちいさなユメミさんの家だから、きっと同じくらいちいさな家だろうと思っていたのだが、そうではないらしい。わたしが入っても十分な広さや高さがありそうだ。
「さ、入て一休みするです」
「おじゃましま~す」
内装は店と同じようにステンドグラスのような装飾で統一されていた。
天井から吊り下げられたランプが、ガラスでできた花のようでかわいい。
わたしたちはそこでもしばらく話をして、この世界での日が暮れる頃にようやくお茶を摘み取りに行こうと思ったものの、暗くなったので明日にすることにした。
食材は本当に豊富だった。少し外を歩くだけであらゆる野菜や果物が見つかるのだから。夜ごはんはわたしが作り、ユメミさんはお菓子や飲み物を用意してくれた。
干し草に毛布をかけて布団にし、寝転がる。
隣ではユメミさんが同じようにして小さな布団を作っていた。
「ねぇ、ユメミさんは……どんな夢を見るの?」
「そですね……どんなと言われると難しですね……」
ガラスの花の中で、やわらかい灯がちらちらと瞬いている。
なんとなく瞼が重くなってくるが、もうちょっと話していたい気分だ。
「じゃあ、好きな食べ物とか……」
「花の蜜や蜂蜜、パンケキも美味ですね」
「じゃあ……苦手な食べ物は……?」
わたしはそこで眠ってしまい、ユメミさんの苦手な食べ物を聞けなかった。
◆
「よし!たくさん摘んで帰るですよ!」
「いっぱい摘むぞ~!」
どうやらあの大きな船いっぱいに摘んで帰るらしく、わたしたちは気合十分でお茶摘みに挑んだ。お茶の葉や花は色んな色があり、香りも見た目も様々だった。
「これが全部茶色や黒のお茶葉になっちゃうなんて……」
「イッパイのものは燃やしたら灰になるですから同じですよ」
「そういうものかなぁ~……」
そういうものだとは思いたくないけど。
わたしは魔法のお茶についての講習を受けているかのように色々教わった。
お茶葉に魔力さえあれば、以前そうしたように魔法が使える、とも。
満足の行くほど積めたのは、日も暮れようかという頃だった。
もう一泊するかと聞かれ、そうすることにした。
「いつもユメミさんだけで摘んでるんですか?」
「そですね、基本ひとりです」
「じゃあ、これからはわたしも一緒ですね」
「ふふふ、アスミさんは優しですね」
夜ごはんを作り、食べながら話す。
そろそろ寝ようかという時に、ユメミさんは一杯のお茶をくれた。
摘んですぐに使わないといけないから、お茶摘みに来た時だけ飲める特別なお茶だと言っていた。そんな貴重なお茶、飲んじゃっていいのかな。
「アスミさんに飲んでほしです」
「……ありがとう」
水色は七色。揺れる度に色合いを変え、プリズムのようにきらめいている。
今まで飲んだどのお茶にも該当しない味だった。
果汁のようでもあり、花の蜜のようでもあり、メープルシロップや蜂蜜のよう。
かと思うとミルクのようでもあり、チョコレートのようでもある。
味わいすらもゆらめくような、不思議でおいしいお茶だった。
わたしはお茶を味わいながら、またユメミさんと話した。
わたしが不思議の国と呼んでいた世界は、日本語では「おとぎの国」と呼ばれているらしいこと。ユメミさんはおとぎの国で生まれたこと。ふたつの世界は幽世と呼ばれる世界で繋がっていること。苦手な食べ物の話など。
またほんの少し、お互いの距離が縮まった気がした。
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