9杯目 真実を見極める高山茶


「それではよい夢を……」


眠ったお客さんにブランケットをかけ、ふうと息を吐く。

メニューの説明にも大分慣れてきた。

あれ以来向こうの国からの頼み事もないし、きっと平和に過ごしているのだろう。


「閃きと思いつきのクリームソーダって?」

「そちらは何か悩みがある場合におすすめだそうです、解決法が閃いたり……」

「ちょうどいい、じゃあそれひとつ」

「かしこまりました」


日中もオープンすることにしてから、お客さんの入りが良くなった。

向こうのお客さんがほとんどだが、人間のお客さんもたまに来る。

それは大抵人間とは呼べない姿になって来店するのだが、みんな帰る頃には元の自分というものを取り戻し、しっかりした足取りで帰って行った。


「アスミさん、看板をCLOSEにしてきてくれますか」

「えっ、もう閉店?」

「例の国からまた連絡がきたです、今いるお客さんが目覚めたら準備して行くです」

「わかりました」


噂をすれば、だ。



「芸術の都、ムーサ?」


お客さんたちも帰り、ユメミさんがお茶を淹れるのを眺めながら、わたしは今回の騒動の話を聞いた。例により妖精王から連絡があったらしい。


「そこで贋作がイッパイ氾濫してるとかなんとか」

「それは大変そう……ん、紅茶とはまた違う香りだ」

「いえす、真実を見極める高山こざん茶です」

「なるほど、わたしたちが本物を見つけるんだ」

「そゆことです」


どうしよう、わたしも何か用意した方がいいだろうか。

虫メガネとか、望遠鏡?いや、顕微鏡?まあ、持ってないんだけど。


「今回は目さえあれば良さそですが、疲れると思ですよ」

「そっか……疲れ目にいいのは……たしかビタミンBだから……バゲットにサーモンやレバーのパテなんかどうでしょう?」

「食べたいです、レバはないので買てきていただけると助かるです」

「わかりました、ちょっと行ってきますね」


ユメミさんの小さなおなかの音を聞きながら、わたしは走ってレバーを買いに行ったのだった。



わたしたちは、駅にいた。

こっちの世界の、普通の最寄り駅。


平日昼間でも、結構な人が行き交っている。

電車に乗ってどこかにいくのだろうか。


「電車には乗らないですよ」

「そうなんですか?じゃあどこに……」


ユメミさんは迷わずにずんずん歩いていく。

周りの人は特に気に留めないようで、視線が集まることもなかった。


そういうものなんだと歩き歩き。

やがて辿り着いたのはたい焼きを売っている屋台だった。

おなかが空いていたようだし、いくつか買っていくのかもしれない。

先に食事にすればよかったかな、と思っていると、ユメミさんは店主と2、3言葉を交わし、屋台の下に潜り込んだ。顔だけ出して、手招きしている。


「す、すみません……」


店主はでかいたい焼きだった。たい焼きがたい焼きを売っている。

不審に思われないか不安だったが、「そんなところに人が入り込むわけがない」と思っている限り、わたしたちを視認することはできないようだった。


「そういえば……妖精の国って、首都とかそういうものなんですか?」

「そですね、フェアリテイルと言えば彼らですから」

「たしかに」

「さ、着くですよ」


わたしたちはずりずりと這いずるのをやめ、やっと立ち上がることができた。

ここまでずっと四つん這いで来たからあちこちが痛い。

帰りはぜひとも別の方法でお願いしたいと思う。


「すっごい……!」


顔を上げると、虹色の街と表現したくなるような美しい光景が広がっていた。

さすが芸術の都。色とりどりの建物や草花が並び、街並まで芸術的だ。

いつまでも秋が続いたかのように真っ赤な葉っぱをもつ街路樹。

ぜんぶがお菓子で出来ていように見えるくらい丸みを帯びた煉瓦造りの家。

どれもこれも、いつまでだって眺めていたいくらいに美しい。


ただひとつの異常を除いては。


「そっちはどうだ!」

「まだこんだけありやがる!!」

「燃やそうにも見分けがつかねぇんじゃあな……」

「とりあえず束ねて城に放り込んておけとのお達しだ」


この都に住んでいるのは、どう見ても人間だった。


「ユメミさん、人間がいるよ」

「彼らは人間にイチバン近く、イチバン遠いです」

「まるでなぞなぞね」

芸術家げじゅつかとはそゆものです」


今回、迎えは来られないそうで、わたしたちは黄色い煉瓦道をコツコツと歩いていた。妖精王に頼んだ人がいるとのことだったが、この騒ぎじゃ同じように街を駆け回っていて指定された場所にいないかもしれない。


わたしたちは更に黄色い煉瓦道を辿り、指定された場所に着いた。

大きな大きなお屋敷だった。六角屋根がいくつか、それに煙突まである。

今も何かに使われているのだろうか。

そういえば、祖父母の家にも暖炉から伸びる煙突があったっけ。


飾りがついた鉄柵の門を軽く押して開け、花々が咲き乱れる庭へ。

そこにも黄色い煉瓦が敷かれており、お屋敷の玄関へと続いていた。

エメラルドの都に繋がっているのかと思ったが、そうではなかったらしい。


ドアをいくらかノックすると、中から慌てたような足音がして開いた。


「あ!もしかしてあなた方が?」

「夢幻茶店のユメミです」

「同じくアスミです」

「助かった!私はダンテと申します、どうぞどうぞ中へお入りください」


玄関の扉を開けた時と同じようにバタバタと家の中へ入るダンテさん。

わたしはユメミさんと顔を見合わせて、ダンテさんの後を追うのだった。



「茶店の方にコーヒーを出すのもあれですけど、どうぞ」

「ありがとうございます」


祖父母の家で飲んだコーヒーの味に似ていて、なんだか懐かしくなった。


「それで本題なんですが……話は聞いていると思いますが、街のあちこちに色々な絵の贋作が溢れかえっていて……真作と見分けがつかなくて……」

「見分けがつかないならどちでもよろしのでは?」

「ユメミさん……!」

「芸術家は、たとえ見分けがつかなくてもに拘ります」


ダンテさんは、コーヒーを飲みながらぽつりぽつりと真情を明かしてくれた。


作品は、芸術家自身の手から放してはいけないこと。

作品自体を売ったとしても、中身は自分の中にあり続けるべきだということ。

中身というのは、込められた思いであるとか、自分の当時の考えであるとか、苦労や労力、秘めた感情や自分すべて、それらをひっくるめたであること。


「贋作を作るという行為は、芸術家に死刑宣告をしているようなものだ」

「ダンテさん……」


なんと声をかけたらいいのかわからなかった。

お屋敷はとても広いのにキャンバスや画材が所狭しと置かれていて。

別の部屋も、閉じない扉から山積みのそれらが見えていて。


そんな人が絶望するのは、よくないと思った。


「ユメミさん、お茶を」

「お互い、無理だけはダメですよ」

「わかってます」


長丁場になるから、と用意されたいつもの巨大水筒。ただし、今はそれが2本ある。

つまり、ユメミさんとわたしに1本ずつ、だ。


「ダンテさん、疑わしきものはすべてこちらへ」

「わかりました、ありがとうございます!」



後ろで、ごうごうと炎の踊っている音がしている。


「これも贋作……これも、これもこれも贋作」


わたしたちは街の中心にある広場に陣取り、持ち込まれる作品をひたすらに鑑定し続けている。あれから2時間ほど鑑定をしているが、真作は一向に見つかっていない。


贋作は背後の即席暖炉で燃やされていた。

贋作の束を暖炉前にいる人物に渡し、灰にしてもらう。


「そもそも、真作があるって言いきれるのかな……」


再びできていく贋作の山を一瞥し、ため息を吐く。

これはあれだ。贋作が氾濫する原因を突き止めた方が早いかもしれない。


ユメミさんに伝えると、一理あるとのことだった。

原因を探す役目を仰せつかったわたしは、水筒と持ってきた料理の一部を抱える。


「最初に贋作騒ぎがあったところへ案内してほしいの、大体でいいから」


ダンテさんの友人だと言う女性に導かれ、街はずれまで歩く。

海岸のようなところに出てしまうが、ここで合っているのだという。

海といっても青くはなく、かといって赤くもない。白かった。


「……海が白い……」

「白い海はラク・ラクリマと言ってそちらの国境のようなものですから」

「そうなんですか?じゃあいつも歩いてきたのはそれかなぁ……」

「他の色の海が見たければまた後でご案内しますよ」

「ほんと!じゃあ騒ぎが収まったらぜひ一緒に」


第一の発見場所だと言われる海岸を見ても、特に魔法の効果が反応することはなかった。簡単に言うと、直感が違うと告げている。ここにはない。なにが?真実が。

原因となる何かが埋められている訳でも、流されてしまった訳でもない。


「……移動、している?」


わからないが、たった今この時でさえ、動いていると感じる。

流されているわけでもないとすれば、あるいは……。


「街に戻りましょう!」

「え!?なにかわかったんですか?」

「たぶん!」


近くなったり遠くなったりしている。

決して体調が悪い時の感覚ではない。


砂浜から再び黄色い煉瓦道に戻り、街の中心へ急いだ。


§


アスミが海岸にいる頃。


「これ、いくらで売れる?」

「え?なんだいこれ?」


青年が、大きなトランクを抱えて古道具屋へ駆け込む。

トランクの中からは、箱のようなものが出てきた。


「さあ?僕も他のやつから売りつけられちゃってさ」

「なにかの箱かなぁ……」


開く部分はあるものの、何かが詰まっているようで重い。

何かを入れられるようでもない。

その不可解さが気に入ったのか、古道具屋の店主は算盤を弾いた。


「まあいいや、これっくらいでどうだ?」

「上出来!それにしても街が騒がしいな」

「あれ?アンタ旅人かい?」

「うん、まあ」


事情を聞いた青年は、数枚の紙幣とコインを受けとり、満足気に店を後にした。


§


「あの……そう、なにか変わったもの売ってませんか?」

「変わったもの?」


わたしは直感のままにとある古道具店に入った。

確信が大きくなり、頭痛がするみたいに響いている。


「そうだな、ついさっき旅の人が売って行ったんだよ」

「…………それ、が?」

「アスミさん、これなんです?」


予想だにしなかったものがそこにあり、言葉が出なかった。

冷凍庫といい、やはり人間が絡んでいるに違いない。


「えっと、とにかく売ってほしいんです……あ、でもお金が」

「みつけたみたいですね」

「ユメミさん!」

「お茶を飲んだのはアスミさんだけではありませんでしたから」


ユメミさんはお金を支払い、それを買い戻した。


「で、これはなんです?」

「プリンターっていって、写真や手紙……そして絵を複製できるの」

「なるほど……合点がいきました」


よりによって、家にあるものと同じもの。

スマホなんかで撮った写真を印刷してはアルバムを作っていたっけ。


使うかはわからないけど貰っておきましょ、と言ってユメミさんはプリンターをふん縛った。これで贋作騒ぎも収まるだろう。あとは真作を作者たちに返すだけ。


プリンターを売った青年の話を聞いてみたけど、その青年も別の誰かから押し付けられたらしい。ひらりひらりと逃げられてしまったみたい。


それから4時間経って、ようやくすべての贋作が灰に、すべての真作が作者たちの手元へ戻った。歓喜のあまりお祭りとしゃれこむ芸術家たちを尻目に、わたしとユメミさんは残りのバゲットとパテをおなかいっぱい食べた。もうなにも鑑定したくない。



「青い海だけでよかったんですか?」

「ええ、馴染み深いし……」

「あちの海はみんな青いんですョ」


もう、随分と海を見ていなかった。


とてもとても好きだったけど、おとぎ話のように、大人になってからはずっと胸の奥にしまわれて取り出すことのなかった景色だ。

彼も海が好きだった。よく一緒に行って、なんでもない話をしながら日がな一日砂浜に座り込んで海を眺めていたっけ。


潮風を吸い込み、体中に巡らせる。


心のどこかが小さく震える。


お茶の効果がまだ残っていたからかもしれない。


そのせいで、わたしはわたし自身におかしな直感をもたらした。


……が、今もどこかにいるのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る