8杯目 心も体も温まるH・G・L・T
「あれ?寝すぎちゃった……?」
目が覚めるとわたしはまだ店にいて、店内は既に夕焼けに照らされていた。
時計を見てみると、ちょうど1日の睡眠時間分を過ごしてしまったようだ。
「目が覚めたですか」
「ごめんなさい、がっつり寝ちゃった……」
夢を見なかったと錯覚するくらい、スッキリした気持ちだ。
朝から行動していたせいか、それとも向こうの世界での影響か。
「ちょどよかたです、も1か所行くところが」
「あぁ、騒ぎがあるって……氷の国ですか?」
「そです、いちおティを持つです」
「じゃあ、わたしは何か食べるものを作りましょうか」
「よいですね!」
馴染みのある香りが漂っていると思ったら、お茶を淹れていたらしい。
また別の魔法効果を持ったお茶だろうか。
冷蔵庫と貯蔵庫からいくらかの材料を持ち出し、隣の台を借りる。
ここで過ごす時間が増えると分かってから、頼んで置かせてもらっているもの。
昔から祖父母の家に行くと出されていた、わたし自身も作り慣れた料理だ。
「え~っと、にんにくにパセリ、バジルも……」
「スパイスはそこの棚のをどぞです」
「助かります」
ユメミさんはスライスしたレモンを鍋で煮ている。
わたしは材料を一口大に切りながら、聞いてみた。
「ユメミさんは何を?ジャム?」
「ハニジンジャレモンティです」
「ミツバチさんたちのはちみつを使うんですね」
「そです」
元気に飛び回る大きなミツバチたち。
ユメミさんはその巨大な巣からあふれてくる蜂蜜を、巣の真下に設置されている壺からハニーディッパーでたっぷりと掬い、湯気の立つ鍋へ。
ぐるぐるとかき回し、ティーポットの中身を鍋に注ぐ。
ぽかぽかと温まる香りだ。木枯らしの吹く外はどれくらいの気温だろうか。
帰る時にそれほど寒くないといいんだけど。
「ん、おいしくできた」
「容れ物に詰めて向こで食べるです」
「そうしましょう」
「あとちょとでできるです」
大振りな容器に料理を移し、パンとチーズ、余りの焼き菓子をバスケットに移す。
ちょっと大荷物になりすぎただろうか。まあ、足りないよりはいいだろう。
反対側に食器類を詰め、あとはユメミさんの紅茶を待つだけだ。
「できたです!行くですよ!」
「はぁ~い」
再び裏口を通り、白い道を通る。
◆
「さ、さ、さ……」
「こちです」
氷の国、というからには寒いだろうとは思っていた。
「さむ~~~~~い!!」
しかし、その予想を遥かに下回る気温。
冷凍庫を暖房の効いた部屋だと思えるほど、寒かった。
この気温なら、持ってきた料理も紅茶も、凍ってしまっているだろう。
目の前は白く、痛みそのものな風が吹いていた。
「
「お迎えがあるってこと……?」
「あ、来たです」
目の前すらエバミルクのように真っ白なので、何が来たのかわからない。
ユメミさんから借りたニット帽を、マフラーとくっつくくらいに被る。
「ユメミさんと……アスミさんですね?お待ちしておりました」
目視できないのでおそらくだが……。
「どうぞ、雪車へ」
真っ白な牛が牽引するかまくら(車らしいので氷の車輪付き)に乗ると、吹雪が遮られてようやくわたしたちに声をかけたのが誰なのか判別できた。
「ゆ、雪だるま……」
大きな雪玉を5つもつなげた大きな雪だるま。
まあ、不思議なことはいっぱいあるものだ。
かまくらの中は暖かく、今の格好だと真夏のように感じる。
マフラーを緩めながら、雪だるまに話を聞いてみることにした。
「えっと、それで……氷の国でいったい何が起こってるんです?」
雪だるまはしばらく考え込んだ後、ひとつ頷いて話し出した。
「実は……ここ最近、ずっと吹雪の日が続いていて……」
「じゃあ、この天気はいつも通りじゃないのね」
「氷の国とはいえ、いつも吹雪な訳ではありませんから……」
かまくらにある唯一の窓は雪が吹きつけられ、見えない。
いつもはどんな天気なのだろうか。
雪車は雪に車輪をとられながら、進んで行く。
◆
雪車が着いた先は、巨大な氷の城だった。
氷で出来た煉瓦を積み上げて作ったような、とても古い見た目の。
「どうぞ、中はマシとはいえ寒いですから、防寒着はそのままの方がよろしいかと」
「えぇ、そうします」
「客室借りるですよ」
「お好きなところをどうぞ」
ユメミさんに連れられ、氷の城を歩いていく。
不思議と滑ることはないが、やはり寒い。
小脇に抱えたバスケットの中を確認するのが恐ろしいなと思った。
不思議の国じゃ電子レンジもないだろうし……火は使ったらお城が溶けちゃいそう。
「ごはんを食べましょ」
「ユメミさん……言いにくいんだけど、きっと凍ってますよ」
楽しそうにバスケットを開いて支度するユメミさんを見ていられない。
ちゃきちゃきと食器を並べていくが、手に持ったそのティーポットは、いくらひっくり返しても出るのは冷気くらいのものに違いなかった。
「なにをしてるです?食べましょ、温まりますよ」
紅茶は、コポコポと音を立ててティーカップに注がれている。
ほんのりとした湯気も出ていることから、気温よりは温かいようだ。
「ど、どうして!?あんなに寒かったのに!!」
「そゆものです」
容器から出された料理も、たった今出来上がったかのように見える。
「カポナータまで……魔法?お茶はともかくどうしてこっちまで?」
「バジル粉とパセリ粉を入れたです」
「それも……魔法の材料ってこと?」
「温かいものは温かく、冷たいものは冷たいままに」
そういうものらしい。魔法は奥が深い。
「カポナタていうですね、とても美味です」
「口に合ったようでよかった……ん、お茶もおいしい」
生姜のおかげか、体の真ん中の深いところから温まる。
さっきまで感じていた寒さも、この温かさに馴染んだみたい。
「
「え、いいんですか?」
「夜にまた飲めばよろしです」
そういうものらしい。
わたしたちはまずは心行くままに料理を楽しみ、その後でやっとお城の大広間に降りて行ったのだった。
◆
「ええといつからだったか……スリート・トリート・ストリートの方から猛吹雪が吹き込むようになってしまって」
「スリート……トリート、ストリート?」
「この国のすべての道につながっている大きな通りのことです、そこから国中に猛吹雪が吹き荒れていて……国の標高がいくらか上がりましてね」
城内は暖かいのだろうか、袖で窓を拭うと外の様子が窺えた。
お城のすぐ近くに、工事中らしき現場が見える。
ほかにもわずかなコブが見えるが、あれらは元々かまくらだったのだろう。
雪だるまに訊いてみると、上へ上へ、増築しているのだそうだ。
「中心でしょう場所に見当はついているのですが、誰も近づけないのです」
「近づけないんじゃ、対処のしようがないですものね……」
「近くまで送てくれたらあとはなんとかするですよ」
「えっ!?ちょっとユメミさん!?」
ユメミさんは大きな水筒を担ぎ、手招きをしている。
来た時にあれだけ寒かったことを忘れちゃったか、いまの吹雪の話を聞いてなかったにちがいない。え、ほんとに今から吹雪の中心に行くの?
「ホラホラ、アスミさん、早く行きますよ」
「うん……行くけどぉ……」
ユメミさんが任されるってことはユメミさんになんとかできるってことなんでしょうども。わたしがそこまで行っても大丈夫なのかとか……。
「あれ?」
「言たでしょ」
エバミルクのような吹雪の中でくるくると回ってみるが、寒くない。
それどころかあたたかいままだ。そうか、お茶だ。温かいものは温かく。
来た時と同じ雪車でスリー……とにかく大通りを行くと、エバミルクが優しく思えるほどの吹雪……ホイップしたクリームのような吹雪の竜巻がそこにあった。
「
「わたくし共はここで待機しています」
「寒く……じゃなくてえっと、辛くないですか?」
「お城にいるがよいですよ、なんとかできれば、帰りは歩くだけです」
なんて頼もしいこどもなんだ。こどもじゃないけど。いわゆる小人なのかな。
竜巻の近くに寄ると、さすがに風の抵抗というものを感じた。
寒さはない。春一番のように感じるが、一番の問題は目の前が見えないことだ。
「ユメミさーん、いるー?」
「こちですよアスミさん」
手を引かれ、竜巻の抵抗を受けながらもざくざくと進んで行く。
どれくらい進んだのか、そもそも進んだのかもわからない。
◆
あれからどれくらい歩いただろうか。
手をつないだままであることは感触でわかるものの、姿は見えない。
繋いでいる手にちゃんと体が生えていることを祈る。
「む、逆回り」
「え、逆?」
「真ん中を過ぎたよです」
つないだ手がうろうろとさまよい、やがて止まる。
「どやらここが真ん中のよです」
「……なにも、ない……」
台風の目のように、真ん中では風が弱まり、お互いの姿を視認することができた。
しかし、それだけだ。
「ヘンですね、キノコの森みたく何か埋まてるかと……」
「そういえば、森長さん、誰かが何かを埋めたって言ってたっけ……」
ユメミさんは肘まで入るくらい穴を掘ったが、何も見つけられなかったようだ。
わたしはふと思い至ることがあり、ユメミさんと穴掘り係を代わる。
「アスミさん、そんなに掘たら地盤が」
「地面の標高が上がったって言ってたからもしかしたらと思って」
がつん。
スコップが何かに当たる音がして、わたしは急いで周りを掘った。
スコップじゃ扱いにくく、犬のように手で掘り進める。
「これが原因のよですね」
「冷凍庫……?」
向こうの世界で見かけるような、小さな冷凍庫だ。
でも、なぜこんなところに?
開いていた蓋を閉めると、途端に吹雪は止んだ。
「……本当に、これが原因かな?」
「そのよです」
「でも……本当に?」
ユメミさんは疑い深いわたしを少し笑って、説明してくれた。
「この世界と向この世界は、お互い強さを持ています」
「強さ……?」
「この世界じゃ
「ああ、確かに……」
「それと同じく、人間の作た物はこの世界に強い
そういえば、妖精の夫婦がやけに熱心に見ていると思っていた。
そうか、人間であるわたしが作った物だったからか。
「人間の作るものは特別に美味……それを求めて人間界に紛れるのもいます」
「だからお店で不思議な人たちに会うんだ……」
「こんなキカイはより強く……
ユメミさんは冷凍庫を縛り、開かないようにしてそりに乗せた。
「ちょどよいです、もらてしまいましょ」
「そうですね、わたしもそれがいいと思います」
これでアイスクリームが作れるし、アイスクリームが作れるならフロートも提供できる、とユメミさんは嬉しそうにしていた。お店にある冷蔵庫も随分古いものだったし、こんな風にもらったりしたものなのかもしれない。
「もしかしたらですけど」
「はい」
ユメミさんはいつものほほえみではなく、すこしだけ真剣な表情を滲ませてわたしを見つめた。
「騒ぎの原因は、人間です」
「人間……?」
「人間世界の物を、こんなふに使うのは、ここじゃありえないです」
「そうなんだ……」
「迷い込んだか、手引きをされたか……はやいところ捕まえるしかないです」
パッといつもの表情にもどり、ユメミさんは水筒を降ろした。
「残りを飲んだら、ちょぴり
「ほんと!?」
「そのくらいの寄り道は許されないとやてられないです」
不思議の世界の見物かぁ。楽しみだ。
◆
「ありがとうございました!これでこの国も元に戻るでしょう」
「でも、増築した分は大丈夫でしょうか……」
「この際、都会化しようかと思います」
「そっか、じゃあ、また逢えたら」
見送りに来てくれた雪だるまたちに手を振って雪車に乗る。
氷の国を後にし、また白い道を通ってお店の裏口へ。
やはり来た時と同じ時間で、わたしは時差ボケのようなものを味わった。
今日がお休みでよかったのかもしれない。
不思議の国の不思議を体験して、わたしは本を読みたくなっていた。
「また何か騒ぎがあるんでしょうか?」
「ないことを祈るですが、ハンニンに何か目的があるのならたぶんやるですね」
「そっかぁ……向こうのみんなが平和に過ごせるといいのに」
クローズした店内で少し話し、わたしは家に帰った。
随分久しぶりな気がした。
お茶を淹れて、今日読む本の用意をする。
なんだか今日はよく眠れそうだ。
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