7杯目 休息と安心のラベンダーティー
キノコの森は、見て分かるほどに動いていた。
毎秒毎に成長というものをしているらしく、例の商人と同じ姿の人たちが一生懸命に森の植物たちを刈り取っては猫車でどこかへ運んでいる。
「すごい、ですね……」
「彼らは休みなしに働いているようだ……いつから寝てないんだろう」
「私たちもキノコの森は管轄外だわね」
「本来なら森長が森に子守唄を歌うはずなのに……」
森長、と指された胞子群のひとり(見分けがつかないので、本当に森長だったかは自信がない)が、こちらに頭を下げながらものすごい勢いで通り過ぎていく。
二つの猫車を器用に操って駆け抜けて行った。次来てもわからないな、これ。
「でも、今回はユメミさんがいらしてくださってるのでラッキーでした」
「ユメミさんが?」
「まさかユメミさんがあそこでお店をやってるなんて思わなかったからね」
「ちょうど向こうにラベンダー畑があります」
つい、と森長を指していた指を比較的拓けた方に向け直す。
ユメミさんは了承したように頷き、手を叩いた。
「じゃ、巨大ティポトをこちらへ」
「そうしよう」
妖精王はテントウムシたちに二、三言伝え、ラベンダー畑のあるらしい場へと移動する。木陰のせいで鬱蒼としたゾーンを抜け、青空の下へ。
ふわり、と心安らぐラベンダーの香りが風に舞い上がる。
あっちの世界は冬が来ようとしているのに、こっちは初夏のようだ。
サクサクと踏みしめる草の弾力が、それを物語っている。
「うわ、でかい……」
「アスミさんもラベンダ摘みをするです」
「はぁ~い」
そうだ。いくらか貰っていこうかな。
摘んだそばから生えてくるラベンダーを両手いっぱいに摘み、テントウムシたちの広げたピクニックシートに軽くほぐしながら並べる。
いい香りだ。胸いっぱいに吸い込んで、また摘みに行く。
自然と足が軽くなり、向こう側を摘んでみようと駆け出した。
「ねぇお姫様、ラベンダーをいくらか貰って帰ってもいい?」
「えぇ、もちろん!でも、なにに使うんですか?」
「え~っとねぇ、お風呂に入れたり、入浴剤に石鹸でしょ、ポプリにユメミさんのお茶とかかな?これだけあれば、アロマオイルなんかもいっぱい作れそうだし」
「まぁ……!やはりあなたは物作りが得意なのですね」
得意というか、好きなだけだ。
お風呂に入れたりすると、自然の中にいるようで気持ちがいい。
そうしている間だけは、外の世界のことなど気にせずにいられる。
ある意味で、別世界かもしれない。
「アスミさんそろそろよいですよ!」
「はぁ~い!行きましょ、お姫様!」
最後にもう一度胸いっぱいに吸い込み、口角を上げる。
◆
「ジョウロ?」
「これで緑たちにティをかけるです」
「王子様とお姫様まで……」
「森は広い。僕らもやるべきだ」
緑は休むことをせず成長し続けているから、歌の代わりにお茶で休息を与える、とのことだった。巨大なティーポットを傾けて、ジョウロを満たす。
鮮やかなライトグリーンで満たされた白い陶器のジョウロを抱え、また鬱蒼とした森へ駆け出す。来た時より心も体も軽い。
未だ目に見えて成長する緑にお茶をかけると、緑は成長をやめ、寝息を立て始めた。
「すごい……ユメミさんって何者なんだろう?」
妖精のトップ二人を顎で使っている。
森は広く、考えている暇はない。
追々知っていけばいいか、と思いまた森の中を駆け巡った。
「あ、胞子群……?の人たち、でしたっけ?」
「この度はえらい迷惑をかけてしまったようで……」
「いえ、結果的には良い方に向かったので」
朝があんなに爽やかだったなんて、ずっと忘れていた。
こうして自然を駆け回る楽しさを、ずっと忘れていた。
「森もずいぶん大人しくなりましたね」
「よかった、これで材料の流出もおさまるでしょうな」
「あ、もしかして森長さん?」
「ええ、まあ、肩書だけですが」
白いキノコのような胞子群たちも含め、森中のそこらで眠りに就いている。
よほど疲れていたのだろう。
「それにしても、どうして森が異常な成長を?」
「雪の月、2回りほど前でしょうか……」
森長はうつらうつらと船を漕ぎながら、この森にあったことを話してくれた。
胞子群の誰でもない誰かが、森の外からやってきたこと。
その誰かが、森のどこかに何かを埋めたこと。
埋めた場所は緑に覆われ知る術がないこと。
「じゃあ、根本的な解決にはならないのか……」
「しばらくはダイジョブでしょ」
「ユメミさん!」
「緑が元気な月は乗り越えられるはずです」
「よかった……ありがとうございます、ユメミさん」
森長はペコリと頭を下げ、すやすやと寝息を立て始めた。
森長が寄りかかっている切り株も同様だ。
わたしたちはそこでやっと座ることができた。
「この森だけじゃないのかもしれないですね」
「そうですね……隣国である氷の国でも、何か騒ぎが起こっているようです」
「そのうち行てみるです」
「よろしくお願いします」
妖精夫婦は愛らしい動きでペコリと頭を下げ、8枚の羽で飛び立っていった。
「氷の国かぁ……ここにはいくつ国が?」
「数えたことナイですね」
「まあ、いいか……わたしたちも帰りましょうか」
「そですね、帰りのお茶だけ
水筒に入るだけのお茶を淹れ、テントウムシたちに片付けを頼む。
◆
ああ、いい休日だった。
いや、仕事のうちに入るのかもしれないけど、わたしにとっては久しぶりにリフレッシュできた時間の使い方だった。
「そういえば、向こうに一日泊まったんだった……!」
「ノプロブレムですね」
「え?」
再び白い道を抜けると、夢幻茶店の裏口から店内に入ったところだった。
外は明るい。来た時と同じくらいということは、丸一日経ったのだろうか。
存在すら忘れていたスマホを開いてみると、来た時と全く同じだった。
「夢を見るのことは、現実ではまたたきの間のことです」
「夢だったの!?」
「モノのたとえですョ」
平日の午前という喧騒の中、わたしたちはカウンターへ座り込んだ。
こんな日は、いい夢を見るお茶が一杯ほしい。
「少し眠りましょ」
「はい……お茶がほしいな……」
「ラベンダティの残りですよ、どぞ」
休息と安心のラベンダーティー。
その効果は抜群だった。
ノスタルジックな夢を見ながら、わたしはいつの間にか微笑んでいた。
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