6杯目 旅のお供にキャンディを


ユメミさんとの約束の日。

わたしは朝起きて憂鬱じゃないことに驚いた。


約束の時間までまだ大分時間がある。

掃除して洗濯してごはんにお茶。

それでもまだ時間があったので、久しぶりに本を読むことにした。


ここへ引っ越したときのまま、開けられることもなく埃を被っている。

自分の過去の心を蔑ろにしてしまって、申し訳なく思った。

別々の本を開くたびに、それぞれ違う世界へ連れて行ってくれる。


今日行く世界はどんなところだろう。

抹茶粉の製造元ってことは、畑?それとも山かな?


どっちにしろ準備するに越したことはないだろう。

わたしは収納から買い置きの砂糖を取り出し、鍋にぶちまけた。


色とりどりに、くるくる、ころころ。

味もいろいろ、フルーツ、ミント、香辛料。

形もさまざま、ねじねじ、うずまき、まんまるい。

小さいものから中くらい、大きいものまで。


一通りできたら、ラッピング用のきれいなセロファンで包もう。

包んだら棒状や板状のそれらが割れないように箱に入れて、と。


「……うん、我ながら上出来」


彼が出張に行く時に、必ずこうしてキャンディを作った。

バターやコーヒーのキャンディなんかは作り置きして常備していたくらい。

ユメミさんはどんなキャンディが好きだろう。

紅茶に合うなら、ミルクかフルーツだろうか。

意外とシナモンたっぷりのキャンディだったりして。


「おっと、そろそろ時間だ」


いい時間の過ごし方だったと思う。



「それではまず、その店に行くです」

「お店の人はこっちの世界の人間だったと思うけど……」

「みながみな逸脱してる見た目ではないですからね」

「それもそっか」


ユメミさんだって、傍から見たら普通のこどもみたいだもの。

ユメミさんもやっぱりどこか違う世界の人なのかな?


「たのも!」

「いらっしゃいませ~」

「あの~、この抹茶粉のことなんですけど……」

「お目が高い、それは特別なモノですよ」


それを聞くや否や、ユメミさんは店主にズイ、と近寄り袖を捲る。


「どこから仕入れたか吐いてもらうです」

「常連の商人ですよ」

「いまどこにいるです」

「平日は昼間くらいに来やすからなぁ……あ、来た来た」


白いローブを纏った人間が、商店の敷居を跨ぐ。

と、同時に脱兎のごとく逃げ去ってしまったのだった。

わたしたちはあっけにとられ、みすみす逃がしてしまった。

もちろん、追いかけないわたしたちでもない。


「本の中なら、これは追いかけて不思議の国に落ちちゃうやつ……」

「見失た!仕方ない、茶店に戻るです」

「え?もういいんですか?」

「裏口から出るです!」

「裏口から……?」


それで何が変わるのだろうか、とは問わない。

きっと、更なる不思議が待っているのだ。


ぐるっと往復して夢幻茶店に戻ると、そのままの足で裏口へ。

そういえば、裏口なんてあるのすら初めて知った。

このまま裏通りに面しているわけではなさそうに思う。


「行くですよアスミさん!!」

「はい!!」


路地裏の景色にしか見えない扉の向こうへ、わたしたちは勇み足で飛び込んだ。



「……真っ白」


ただ貼りついているかのような”面”の景色を抜けたと思ったら、辺り一面すべてが真っ白な空間に出てしまった。どこだここ。


「ゆ、ユメミさん、大丈夫ですかこれ……」

「道は自由じゆですから」

「うう……進んでるのか戻ってるのかわかんない……」

「いちお連絡したので迎えがいるはずですが」

「迎え?」


歩けども歩けども先は見えず。一寸先も白。百寸先も白だ。断言できる。

歩き疲れてきたところで、休憩だとユメミさんが言った。

座り込み地面らしき場所を探ってみる。冷たくも、熱くも、ぬるくもない。

心地いいと言えばいいのだが、そもそもが無である。


「そうだ、キャンディを作ってきたんです、どうぞ」

「ありがとです!キャンヂ好きです!」


棒付きのキャンディを食べていると、本当にただのこどもに見える。


「ではこちらもキャンヂをどぞ」

「あ、すごいすっきりしてる」


キャンディと聞いて砂糖の味を想像したのだが、予想に反してすっきり爽やか、かつマイルドな味わいだった。あっという間に飲み干すと、すぐさま2杯目をくれた。


「なんか、ちょっとしたピクニックみたいですね、景色ないけど」

「アスミさんがキャンヂを持てるおかげで迎え早く来るですよ」

「そうなんですか?お迎えって誰なんです?」


途端に白が晴れ、青空と花畑が姿を現した。

驚くのも束の間、ドでかいラッパの音が響きわたる。

ファンファーレというやつだろうか。とっさに耳を塞ぐ。


「妖精王、妖精王妃、両陛下のおな~り~!!」


ラッパ攻撃の張本人であろうテントウムシが、ラッパに負けないくらいの大声を張り上げる。妖精?妖精王?妖精王妃?やっぱりおとぎの国?ふしぎ?

妖精ってどんな人(?)なんだろうかと顔を上げると、ものすごく見知った人たちがそこに立っていた。もう先入観は影響しなかった。


「君、この間の……!」

「あ、ども」

「その節はお世話になりました、現在はこの通りで……」

「あ、おめでとうございます」

「式はまだなんですけど、これは先に……えへへ」


愛しのローズヒップを頼んだカップルだった。そんなに偉い人たちだったのか。

確かにこのレベルの美男美女カップル、いや、夫婦はそうそういないからなぁ……。

薬指には、お揃いの大きな飾りのついた指輪が嵌っていた。

よかった、ちゃんと結婚できたんだ。


カブトムシの牽引する馬車(虫車?)に乗り、大樹をくりぬいて作ったらしいお城に案内される。道中アリたちが「羽有り(たぶん、ダジャレではない)の方々だ!」と騒いでいたので、妖精たちの国では羽が有る人ほど偉いらしい。数えてみたら、妖精王夫妻は両者8枚羽だった。


「白いローブの商人かぁ」

「キノコの森の胞子群じゃないかしら」

「胞子群?」

「キノコの森の住民たちはみんな同じなんだ」

「あちの世界でゆクロン」

「あぁ、クローン……」


夫妻がキャンディの入った箱を熱心に見ているので、箱ごとあげることにした。

なんだかものすごく感謝されてしまったが、砂糖さえあればまたいくらでも作れる。


「そだ、アスミさんがフルタイムでいてくれるから、食べ物も提供ていきょしたいのです」

「わたしが作れそうなものなら何でもいいですよ」

「うれしです!」



「キノコの森は、最近過剰な魔力に満ちているの」

「だから胞子群も森から採れる植物を売りさばくのに必死なんだ」

「いくらか焼き払わないと過ぎた魔力に中てられちゃうわ」

「キノコれんちゅも大変ですね」

「だからといって魔力を帯びたままのブツを人間界に持ち込むのは感心しないな」


あの抹茶粉にそんな真剣な理由があったとは……。


「あの、どうして人間界に魔力を持ちこんじゃだめなんですか?ユメミさんのお茶は大丈夫なんですか……?」

「魔力や魔法は、使い方をきちんと心得ていないと危険なんだ」

「ユメミさんはその場で飲むものに魔法を含めるだけだから大丈夫なのよ」


イートインはOKみたいな感じだろうかと首を傾げていると、妖精王夫妻に懐かしそうに笑われてしまった。


「昔、空の国にいた時のプロメテウスとおんなじ顔してるわ」

「『どうして人間に火を与えてはいけないのですか?』ってね」

「かわいかったわね」

「プロメテウスも小さかったからね」


城内でわたしたちに割り当てられた客室に案内され、一息つく。

今朝自分の部屋にいた時のことが、随分遠い昔のように思えた。


「ランチを食べたらキノコの森に行くです」

「……ねえ、ユメミさんのほかにも、むこうで生活している……ほかの世界の人たちって結構いるの?」

「気になるですか?じゃあ追々知るです、まずはキノコれんちゅです」

「まあ、気になるって言うか……」


瞼が降りてくるのを押さえられない。今日は朝から随分歩いたから。


おとぎ話を好きになったきっかけがあった気がしたの。

ものすごく身近で、ずっとそばにいた人が、まるで絵本から抜け出して来たみたいだったから。空想話が好きで、紅茶が好きで……。


わたしはいつの間にか眠り、やさしくあたたかい、懐かしい記憶の夢をみた。

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