4杯目 バター・ミルク・ハニー・ビー
その日は雨が降っていて、お店は閑古鳥が鳴いていた。
やることもないし、仕方ないから看板を下げてちまちまとした作業をしようかと話し合っていたのだ。
雨に濡れながら、OPENからCLOSEに。
秋雨ってどうしてこんなに冷たいんだろうと足元に目を落とすと、手の平大の何かが落ちていることに気が付いた。
暗くてよく見えないが、誰かがゴミをポイ捨てしたのだろうと拾い上げる。その瞬間、ブブブと物体が震え出した。
「ギャア!!」
「うぅ……」
「ん、生き物……?」
動物が人間の言葉を話すことにはもう驚かない。
「弱ってる!ユメミさ~ん!!」
そして、それが昆虫であっても驚かないくらいには”変”に慣れていた。
落ちていたのは、巨大な蜜蜂だった。
この場合、行き倒れとか言うべきなの……?
◆
「ちょど新しく作るので残りのエバポレテドミルクを使い切るです」
「エバポレーテッドミルク?あ、エバミルクとか言う……作れるんだ」
「無から湧いて出てくるとでも……?」
「なんか、工場とかじゃないと作れないんだと思ってて……」
「ミルクからいくらかの水分を抜くだけ、意外とお手軽です」
ユメミさんは、己の身長より大きな鍋(大釜ってやつかな?)に大量の牛乳を注ぎ、ぐるぐるとかき混ぜていた。たまに泡や膜の塊を捨てながら。
わたしは巨大蜜蜂をカウンター席に降ろし、倉庫からタオルを持ってくる。
巨大とはいえ手の平に乗る程度の蜜蜂。十分に小さい生き物だ。
ふわふわのタオルに包み、小さなカップを用意する。
「エバポレテドミルク、バタ、そして蜂蜜」
「蜜蜂の赤ちゃんだからちょうどいいですね」
「
わたしにも差し出されたそれをふうふうと冷ましながら飲む。
たしかに栄養がありそうだ。めちゃめちゃ高カロリー、罪の味だ。
もっと重たく感じるかと思ったが、不思議とまた飲みたくなる味がする。
飲み終わる頃にはすっかり体も温まり、どこか幸せなきもちだった。
蜜蜂はわたしよりもずっとゆっくりと飲み干し、ハミングのような声で懇願した。
「おかねははらいます、おなじものをもうすこしだけください……」
「おうち、遠いの?」
「おうちがこわされてしまったんです……なかまたちもきっといまごろあめにうたれてよわりきっています……」
しくしくと泣き出した蜜蜂が三つ指をついてお願いしている。
わたしはユメミさんと顔を見合わせて頷いた。
どうやら同じことを考えているようだ。
「仲間たちの場所まで案内してくれる?」
◆
現場に行ってみると、巣は見るも無残に壊されていた。
蜂蜜が地面に飛び散り、雨でドブに流されている。悲惨だ。
「誰がこんな……」
「となりのいえにすんでいるにんげんのこどもです」
「スズメバチとかんちがいされたのです」
「こどもたちはまもれましたが、いえが……」
「どこかきのうろでもあればよいのですが……」
親指くらいの蜂の子を抱えた蜜蜂たちがさめざめと泣いている。
残骸を見るに巣も巨大だったはずだ。こどもがよく壊せたな……。
「ユメミさん、雨が止むまでお店に置いてあげたら……」
「よいでしょ、みなさん傘の下へ」
「ユメミさん……!」
薄々勘付いていたけど、やっぱりいい人なんだ。
弱った蜜蜂たちの歩み(飛び)は遅く、お店に辿り着くまでに生きていられるかハラハラしてしまった。
そっと下の方に手を添えて、蜂の子を起こさないように心の中で応援する。
「お店の灯りが見えてホッとしたの、2回目かも……」
あの時も、このぼんやりとした灯りにどこか安堵していた。
「さ、みなさん中へ」
「タオルに、あったかい飲み物もどうぞ」
「いえもたてなおさなくちゃいけませんし、たおるだけかしてください」
「お金はいりませんよ、サビスです」
「ユメミさん……!」
「新し家も、この店内に建てるとよいです」
なんていい人なんだろう。
お店の経営も、わたしを雇ってくれているのだってほとんど慈善事業だろうに……。
「さ、気合を入れてさきのをたくさん作るですよ」
「はい!」
今度のには魔法を入れたらしく、蜜蜂たちは恐怖を忘れ、やすらかに眠った。
目が覚める頃には、どこかすっきりして「頑張ろう」という気持ちになるだろう。
しかしユメミさんは、勘がいいのか運がいいのか頭がいいのか、わたしの想像の先を行く人であることを忘れてはいけなかった。まあ、いい人に変わりはないんだけど。
◆
「なるほどねぇ……」
「やねがあってたすかりました」
「はちみつでよごしてしまわないかしんぱいでしたけど……」
巣の真下には、巨大なツボが設置されている。
巨大な巣から流れ落ちてくる蜂蜜は大量で、どれだけ使ってもなくならないんじゃないか、と思うほどに毎日ツボいっぱい採れている。
しばらくして「自家製蜂蜜」の瓶がレジ横に並び始めたので、なるほど、と思った。
「あまっているはちみつはごじゆうにおつかいになってください」
「助かるですありがとです」
「おはなもいっぱいでわたしたちうれしいです」
エバミルクを入れたミルクティーは濃厚で美味しかった。
賄いで自由にお茶までいただいていいんだろうか。もちろん魔法は抜きだけど。
「ユメミさん、そのうち牛まで匿っちゃいそうですね……な~んて」
「それよいですね、アスミさんは見つける得意なのでまた連れてきてください」
「冗談のつもりだったのに……」
ちいさな店内には見た目以上の花が溢れていて、巨大蜜蜂たちも元気に飛び交っている。ここに牛が加わったとしても、体感的な広さは変わらないのだろう。
それもいいかもなぁ、と思っている自分に気付き、慌ててミルクティーを含んだ。
そのうち昼の職場でも変なことを口走ってしまいそう。
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