3杯目 才能開花の工芸茶
「ユメミさ~ん、このお茶なんです~?あと1個しか入ってないんですけど~」
「
働き始めてからわかったことがいくつかあった。
魔法はどうやら本当であること。
店主はユメミさんということ。
ユメミさんは”この世界”の出身じゃないこと。
そして、見た目通りの年齢でもないということ。
茶葉たちはこの世界で栽培されていないものもあること。
この間茶葉の配達を空飛ぶ象に頼んだ時は気を失うかと思ったほど驚いた。
なので、そろそろ驚かないでいられるだろう、と思っている。
「いらっしゃいませ~」
「いつものお薬ください」
「これですねどぞ」
前言撤回。
たった今、ユメミさんの身長ほどある蝶々が来た。驚いた。
どうやら、薬効のある植物を、お茶だけでなく薬として売ってもいるようだ。
蝶々がいったいなんの薬を必要だと言うんだろう。
頭を悩ませていると、再びベルの音がした。
最近は前と違って毎日のようにお客さんが来店する。
人間も、人間じゃないお客さんもたくさんいる。
「はぁ……」
「メニュどぞ」
「はぁ……」
人間のお客さんではあった。あったのだが、見た目の特徴というものが無い。
五体が判別できるためかろうじて人間である、という程度だ。
「はぁ~……」
「あの~……どうかなさいましたか……?」
「……ないんだよ」
顔が、という恐怖展開を想像しかけ首を振る。
「なにが、ですか……?」
「うん……なんかさ、才能ってやつが……」
「そうなんですか……」
「お、この才能開花の工芸茶ってのもらおうかな」
「ちょどよかた、さいごの1こです」
さっきのお茶を頼まれたようだ。
コロコロとボールのような見た目だったが、工芸茶というらしい。
色はすぐに変わったものの、球体であることは変わらない。
ティーバッグみたいなものかと首を傾げていると、「花が咲くまで時間がかかるです」と言われた。すごい、お見通しだ。
「どんなお茶なの?飲むだけで才能が開花するの?どんな才能でも?」
「開花するのは元々持てる
「じゃあ開花しないかもなぁ……ないからな、才能が」
ひどく落ち込んでいるようだった。
なにか打ちのめされることがあったのだろうか。
「花が咲くまで飲むのだめです」
「はぁ……」
カップの中に沈む球体を見つめている(のだろうと、頭の向きで思う)お客さんが、やがてぽつぽつと話し始める。
「……私、絵を描くのが生き甲斐なんだけどね、うだつが上がらないんだ」
「はぁ」
「画家になりたいんだけど、全然売れなくてね」
「どんな絵を描かれるんですか?」
「海ばっかりだねぇ……だから売れないのかな?」
わたしは絵を描くのも見るのも別に得意じゃなかったから、何とも返事をしづらい。
わからなくても、実物を見るに越したことはないんじゃないかと思うんだけど。
「じゃあ次来る時に持ってくるよ」
「はい、ぜひ」
「そこらの壁にでも飾ってよ」
「え、絵っていくらするのか……ユメミさんに相談してみないと」
「ああいや、売るんじゃなくてさ、2、3枚あげようかなって」
ようやくピンク色の花が咲いたお茶を飲み、いつも通り机に突っ伏する。
「そうやってあげちゃうから売れないんじゃないかなぁ……」
「ちょど壁が寂しかたからよかたです」
「よかったのかなぁ……」
絵って、1枚描くのにどれくらいかかるんだろう。時間的にも、金銭的にも。
よく見ると体のあちこちに絵の具が付いている。
乾いているのか、店内に付着することはないようだ。
きっと時間もお金も、ものすごくかかるんじゃないだろうか。
「いくらか払った方がいいんじゃないかなぁ……」
「なるよになるです」
「そうだ!!そうだったんだ!!」
「わあ!!」
途端に、がばっ!!と起き上がり、お茶代のコインを置いて走り去ってしまった。
そうだ、って何がだろう。お金をもらった方がいいってこと?わたしのせい?
◆
心配とは裏腹に、そのお客さんはしばらくして茶店に数枚の絵を持って来てくれた。
それはとてもきれいな花の絵で、元からこの場所にありました、とでも言いたくなるくらいにしっくりくるものだった。
そのうちの1枚はよく描くと言っていた海の絵で、一番きれい。
筆致が波を立体的に見せているのか、まるで波が引いたばかりの海がいつもそこにあるようだった。太陽に熱された潮風が吹いたような錯覚に陥るほど。
絵には詳しくないけど、相当いいものなんじゃないかな、これ。
「すごく綺麗ですね!咲いたのかな、才能」
「もう咲いてたんじゃないでしょか」
「どういうことです?」
「ふふふ」
ふと気になって訊いてみた。
「これ、いつ描かれたんですか?」
「これは先週くらいかな?乾くのに結構時間かかっちゃってね」
「こちらは?」
「それも先週だね」
「これは?」
「それもそれも……」
ユメミさんは、絵を見て嬉しそうに笑っている。
「
「じゃあ、元から才能はあったのに気づいてなかっただけ?」
「ま、なにか気づきを得たならよいです」
確かに、あのお客さんはいつの間にか容姿の詳細を見て取れるようになっていた。
認識が変わったのだろう、本人の思い込みという名の。
「はい、賄いです」
「ありがとうございます……あ、お花の香りがすごくするのに味はやさしい」
工芸茶を買って帰ろうか迷う。
だってこんなにふわりと咲くだなんて思わなかったから。
家で淹れたってきっと、特別なきもちになるのだろう。
結局わたしは工芸茶を一箱購入した。
箱の飾りも布地みたいでなんだかかわいい。
いいことがあった日に飲むことにしよう。
そしてきっといつか、この花の香りを嗅ぐたびにいいことがあった日の気持ちを思い出すようになるんだ。そんな日が、来るといい。
◆
「いい絵だねぇ、我が家にも1枚描いてもらいたいな」
「連絡先あげるです、と言てました」
「なので、あちらの絵の隣に彼の名刺を貼っておくことにしたんです」
「へえ、彼もいい広告塔を得たものだなぁ」
あれ以来、店に来たお客さんが度々彼に絵を発注している。
彼は「鏡に姿が映るようになったからこれで自画像が描けるようになったんだ」と、嬉しそうに話していた。
彼が一体どんな夢を見たのかわからないけど、吹っ切れたようでよかったと思う。
「ねえユメミ店主、お客さんの見てる夢ってわたしたちも見られないのかな?」
「どゆことです」
「え~っと……同じ夢を見られないのかな、って」
「それは野暮とゆものです」
「そうかなぁ……」
きっと幸せな夢を見たのだろう。
思わず現実世界で頑張ってしまうような、いい夢を。
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