2杯目 愛しのローズヒップ
「ねえ」
「なんです」
ここは”夢幻茶店”。
ふしぎな夢を見ることのできるお茶を提供している。
店主曰く”魔法”らしいが詳しいことはなにもわからない。
働いてるけど。ここで働いてるけど、だ。
「お客さん、全然来ないんだけど」
「そですね」
夜だけに営業している小さな店だ。
そう広くない店内だが、お客さんがいるようには見えない。
「いつもこです」
「いつもこうなのか……」
働き始めて1週間かそこらだが、早くも気付いたことがある。
どう見ても赤字なのだ。給料未払いで倒産、なんて結末だけは勘弁してほしい。
「本業は別にあるとか?」
「そですね、茶葉の卸売もしてるです」
「あ~、それでか……じゃあ、よそでも魔法、というのを提供してるの?」
「
まあ、ちゃんと給料がもらえるなら忙しくないに越したことはないか。
カップを磨いていると、カランと小さなベルの音がした。お客さんだ。
「メニュをどぞ」
「あぁ、はい……」
店に入って来た青年は、やけに整った顔できょろきょろと店内を見回している。
わかる。その気持ちすごくわかる、と頷く。
そう、変なの。このお店すっごく変なの。
お茶も変で店主がこどもなの。変なの。戸惑うよね。
「この……お茶の、効能?って言うの?なにか意味があるの?」
そう!そうなの!全ッ然意味わかんないの!
バイトの身でもわからないことなので、そっと聞き耳を立てる。
「気になたのどれです」
「え、あー……じゃあ、この愛しのローズヒップってのは?」
「
「本当に!?じゃあそれ!」
もうちょっと疑ってほしいものだ。
「サビスお出しして」と言われ、昼間に焼いているらしい小さな菓子を差し出す。
ああ気になる。聞いても良いのかな。
店主はお茶の準備してるしちょっと話しちゃおうかと思っていると、青年の方から話しかけてきた。
「お姉さん、結婚してるんですね……はぁ」
「あー……まあ、どうかしたんですか?」
彼の喪失はまだ痛む傷だが、この指輪は彼と繋がっている絆だ。
これからもきっと彼のことを聞かれるだろう。
いつかは笑って、大切な思い出だけが残っていくのかもしれない。
青年はあーうーと唸り、店主が茶を淹れ終わる頃にやっと口を開いた。
「今、付き合ってる人がいるんですけどね」
「はぁ」
「僕、プロポーズしたんですけどね」
「あらまぁ!それで返事は?」
「…………返事が、ないんですよ」
はぁあ~と項垂れ、組んだ手に顎を載せた。
「だから、彼女は真剣じゃないのかなって思っ……」
ぐび、とお茶を飲んだ瞬間、話もそこそこに突っ伏してしまう。
寝息を立てる青年を見て、わたしの時もこんなだったのかな、と思った。
「これ、本当に大丈夫……?」
「です」
「はぁ……」
わたしがそう訝しんでいると、再びベルの音がした。
今日は多いな。ふたりもお客さんが来るなんて珍しい。
「いらっしゃいませ~」
どこか青い顔をした女性をカウンターに促し、メニューを差し出す。
メニューを開いてちょっと固まったあと、小首を傾げた。
「この……お茶の、効能?って言うの?なにか意味があるんですか?」
先程の青年と似たことを言っている。
うんうんと頷き、店主が同じ説明をするのを聞いた。
説明書きが、メニューに必要なんじゃないだろうか。
同じものを頼んだ女性も、深いため息をついた。
この人たち、めちゃめちゃ気が合うんじゃなかろうか。
「なにか大変なことでも……?」
「今、付き合ってる人がいるんですけどね」
「はぁ」
「私、プロポーズされたんですけどね」
「あらまぁ!それで返事は?」
「…………返事が、できなかったんですよ、驚きのあまり」
ん?と思い寝てしまった彼の方を見るが、彼女の方が特に反応しないあたり無関係なのかもしれない。
「タイミングを、逃してしまって……」
「相手はなんて?」
「それ以来、プロポーズの話もなくって……もうだめかも」
焼き菓子を口にし、ほんの少し顔を綻ばせる。可愛い人だ。
「もしこれで彼が見えたなら、私からプロポーズしようかな」
そう言ってお茶を呷ると、彼女も机に突っ伏してしまった。
魔法って、どんなヤバい化学物質なんだろう……。
◆
「えーっとこの駒は……」
「こことこことここと……」
「わかりにくー……」
客の目が覚めるのは時間で決まっているわけではないらしく、わたしたちは手持ち無沙汰になった。仕方なく、カウンターの上に置いてあったチェスをしている。
これって、防犯とか的にどうなんだろ。今どき防犯カメラもないし。
「チェクメトです」
「参りました……」
何度目かの対戦(全敗)を終えると、お客さんたちが同時に起き上がった。
本当に気が合うんだな、と思っていると、顔を見合わせてひしと抱き合った。
「やっぱりきみが運命の人だ!!結婚しよう!!」
「やっぱりあなたが運命の人ね!!結婚しましょう!!」
わたしは魔法云々よりも、美男美女の夫婦がここに誕生したことに感動していた。
美男美女というより、王子様とお姫様みたいだった。浮世離れしている。
ついつい拍手していると、ふたりが絵本に出てくるような恰好をしていることに気付いた。どうしていままで気が付かなかったんだろう。
「ここのお茶のおかげです、本当にありがとうございました!」
「どたまして、また来なです」
ふたりは手をつなぎ、羽をパタつかせて店を出て行った。ほほえましい。
あんなにわかりやすい冠を被っていることが、どうして気にならなかったんだろう。
「ねえ、あの人たち……」
「お客さんはいろんなとこから来ます」
「つまり、また”魔法”……ってこと?」
「そですね」
「ど~りでチェスなのに変な駒が多いと思った……」
夢幻茶店は、どうやら存在そのものがおかしいようだ。
客が来ないのも頷ける。
「あなたは
「先入観って……わたしがお客さんを……えっと、日本人だと、いや違うな……」
なんと言ったものか思い浮かばず、唸るしかできない。
ふつうの人は常識を軽々超えられると逆に冷静になるものだ。
とにかくわかんない、ということだけがわかった。
「魔法かぁ……じゃあ、あなたはどこから来たの?」
「とい国から」
「遠い国……だからカタコトなんだ」
こどもでも店を営業できる国ってことだろうか。
いや、出身はともかく今は日本にいるわけだし。
そもそもどこの国だと魔法を使っていいことに……。
「あー……考えるのやーめた……」
「チェクメト」
「ところで、お給料ってちゃんと”円”で出ますよね?」
魔法云々はともかく、わたしは早くも、このゆるい雰囲気が気に入ってしまったのだった。
「やさしい酸味……」
賄いと言って出されたローズヒップ。
ものすごく酸っぱくて真っ赤なものを想像していたんだけど、どうやらそれはハイビスカスのしわざらしい。一緒に配合されていることが多いんだとか。
「恋は甘酸っぱいって言うけど愛はどんな味に例えたらいいんだろう」
わたしも確かに手に入れたもののはずなのに。
これからたくさんのお客さんが来るといいな。
そしてできることなら、できるだけ、わたしの常識が通用するお客さんが来ますように、と毎晩祈っているのだった。
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