第2話 「……なんだ、こりゃ……」

「林太郎! あれはやりすぎだったよ! 相手が刃物でも出したら、どうするつもりだったんだ!」


 事務所の掃除が終わり、近所の居酒屋で飲みながらおれは腹立たしくて言わずにいられなかった。

 実際、危険でもあったのだ。


 事前のリサーチによれば、あの男は以前も気に入らない相手を金で襲わせたことがある。リスクは高かった。

 しかし林太郎は涼しい顔で、


「ああいうヤカラは、自分では何もやらないんです。

 金で人を雇うか、ネットで攻撃する。自分が表に出て痛い目にあうことがイヤなんですよ」

「だからって、おまえに何かあったらどうするんだよ!?」

「どうもなりません。あの事務所はきみが後を引き受けると雇用契約に書いてあります。忘れたんですか、海音かいね?」

「おぼえているよ。事務所なんか、いらないんだよ……」


 こっちは林太郎が欲しいだけなのに。

 だけどそんなこと、言えるか?

 おれはしょせん、三番手の男。勉強もできず、司法試験は林太郎のスパルタ学習でかろうじて合格。外見はさえないし、はったりをかます度胸もない。


 林太郎に恋したって無駄だ……。

 こいつは学生時代から『アイスキューブ』と呼ばれていた冷静派。落ちこぼれのおれなんかじゃ、手が届かない相手だ。

 それで諦められたら、ラクなんだけどな……。


 うん? 林太郎が何か言っている……。


「海音? 飲みすぎだぞ――」


 あれ。

 どうしてカウンターと林太郎がゆがんでいるんだ?

 ……ちがう……おれの体が倒れているんだ……。

 のみすぎ……た……。




 次に気づいたのは、真っ白なシーツの上だった。無臭清潔なシーツの上に、だらしなく倒れている。

 起き上がろうとして、うめいた。


「うげ……きもちわる……」

「——まだ、吐き足りないか?」


 すぐ隣で林太郎の声がした。


「居酒屋でほとんど吐かせた。胃の中はカラのはずだが」

「……林太郎。ここ、どこ?」

「俺の部屋」

「……どこもかしこもピカピカだな」


 ちょっとだけ見た部屋の中は、ゴミもホコリもなくピカピカ。ものは無くてベッドと椅子、パソコンデスクがあるだけ。

 そうだ、林太郎はキチクでどSなだけじゃない。潔癖症でミニマリストでもある。

 脱ぎ散らかしたものでぐちゃぐちゃの、おれの部屋とは真逆だ。


「はは……おまえとは学生時代から8年の付き合いなのに、初めて家に来たな」

「……他人を、部屋にいれないんだ」


 そうだろうな、とおれは思った。

 林太郎は混乱がきらいだ。すべてを自分でコントロールし、混乱を避けてきれいに片付ける。

 そしてやろうと思うことは、何でもやり遂げる。おれとは全く違う……。


「わるかったな、帰るよ……」


 おきあがったとき、すさまじい吐き気が襲ってきた。あわてて口をふさぐ。


「りん……といれ……はく……」


 よろよろとたちあがり、部屋を見た。それらしきドアはない。トイレは部屋の外か?

 ふらつくおれに、林太郎がなぜかあわてて、


「海音、かまわん、ここで吐け!」

「やだよ……おれにだって、プライドが……」


 ドアを開け、短い廊下へ出る。玄関までの距離にドアが二枚ある。

 どっちかがトイレで、どっちかが風呂だろう。急がなきゃ間に合わない……考えている暇はない。


 おれは手前のドアを開いた。明かりを手探りして、それから――腰を抜かした……。


「……なんだ、こりゃ……」

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