第十一話 『静水』 -1
充実していた。バイト、勉強、合気道。たまに家にこっそり寄って。忙しくてそれが全部身になるのが嬉しくて。
高校2年の終わり。初めて恋をし、真理恵の手を借りて彼女の誕生日のプレゼントを買った。
『彼氏どんな人?』
華の言葉に真理恵はちょっと寂しい顔で答えた。
『聞かないで。別れたの』
『ごめん』
少しでも真理恵を喜ばせたくて、プレゼントを買ったついでにパワーストーンのショップに寄った。
「これ、絶対にマリエに合うよ!」
華は3色のパワーストーンを組み合わせてみた。
きれいなバラ色の「インカローズ」
『ソウルメイトと充実した人生を送れるように』
淡いピンクの「スターローズクォーツ」
『大切な人との絆が深まるように』
儚げな紫の「ラベンダーアメジスト」
『大切な人との真実の愛が見つかりますように』
(華くん……辛いよ……ソウルメイトと充実した人生……そんなもの、きっと無いよ)
「どう? 可愛くってマリエにぴったりだ!」
インカローズを基調に、その間にスターローズクォーツとラベンダーアメジストをバランスよく入れて行く。目の前でブレスレットが出来ていく。
それを嵌めた手首に華が自分の手首を並べた。
「まるでペアみたいだな! マリエも今度好きになった人とお揃いですればいいんだ」
「……ありがとう、すてきなブレスレット。うんとうんと大切にするよ……ね、華くんのそれにもインカローズ入れてみない?」
「派手じゃないかな」
「そんなこと無いよ。ほんのちょっと入れればいいし」
「そうだな、きつくなってきてるし増やしてもらおうかな。ついでにゴム取り換えてもらお!」
ほんの3つ入ったインカローズの粒がまるで違うブレスレットに見せてくれる。
「変? 気に入らないなら……」
「いいよ、これで。お前も俺もソウルメイト大募集! って感じだな」
笑う華に……うまく笑い返せない……
「でも互いに一人はいるってことだ」
「互いに?」
「俺にはマリエ。マリエには俺。俺たちもソウルメイトみたいなもんだろ?」
「……そうだね」
急にお腹が痛いから帰ると言い出した真理恵を駅に送った。
「悪いもん食ったか? あ、食べ過ぎだろ!」
「女の子に言うことじゃないと思うけどなぁ」
「そうだったか! 変だよな、俺たち。まるで異性って感覚が無いんだから」
「もう電車、来るから」
「気をつけて帰れ。ちゃんと家に着いたら連絡くれよ」
「……心配?」
「ソウルメイトとしちゃな。マリエ、気にするな。そいつに見る目が無かったんだ。きっといい恋人、見つかるよ」
「……ばか……」
呟く声が華には聞こえなかった。
「なに?」
「『ありがと』って言ったの! じゃね」
手を振る真理恵の顔色がちょっと気になった。
(マリエを振るなんて……バカだ、そいつ。いつか後悔すればいいんだ)
送ったパワーストーンの言葉がどうか真理恵を幸せにしてくれますように。華は心の中でそっと呟いた。
だが、その石たちは数年後、見事にその役目を果たすのだ。
「荒れてるな」
「師範、お願いします!」
「おい、ケンカじゃないんだぞ。どうした、また失恋か」
「俺、向いてないのかもしんない、恋愛に」
「どうした、悲観的だな」
「付き合い始めると俺の求めている女性じゃないって思っちゃって」
「お前の求める女性像ってどういうのなんだ?」
「うーん……思い遣りが合って、俺を包んでくれて。言葉じゃなくて声だけでも俺の気持ち感じてくれて。駆け引きなんかなくってめちゃ可愛い子」
「すごい理想像だな! そんな子、いないぞ」
「そうなんだよねぇ……なんか途中から気を引こうって言うのが丸見えになるんだよ。一緒にいて疲れるんだ。マリエと一緒にいる方がよっぽどマシ」
その頃には師範も(このボンクラ)と華を思うようになっていたが、華に分かるわけが無い。だから大声で真理恵に呼びかける。
「茅平! またボンクラを投げてやれ!」
「はいっ!」
華が嫌な顔をして真理恵と礼を交わす。
(このくらいしかしてやれん。済まんな、茅平)
目指す情報学科のある難関大学。
その受験の壁を見事突破した華の祝いの内輪のパーティーを両親が開いてくれた。
来てくれたのは祖父、祖母、そして茅平一家。初めて宗田家に来た真理恵の父は、最初から最後まで目が点だった。
シャンデリア。大きなリビングにある買って間もないグランドピアノ。壁には家族の肖像画が掛けてられている。
すでに神奈川の大学に通っている朗も来てくれていた。
「華、罪作りなことしてないだろーな」
「罪作りって?」
「『陰ながらお慕いしております』って女の子に気づかないで平気で話しかけるとかさ」
真理恵がどきりとする。
「そんなのいるわけ、ないじゃん! 第一俺、失恋しまくりだよ。師範に言わせると理想が高過ぎんだって」
「理想ねぇ。ゆめさんを理想にしてんじゃないよな。真理
「バカ、言わないの! アッキ、まさかお酒飲んでないよね!」
「飲んでないよ! 未成年だし。俺、帰りバイクなんだからさ」
祖父と祖母の目は温かかった。
「どうやらうまく行っているようでほっとした。二人をちゃんとした親にしてくれてありがとう」
「やめてよ……誰が誰をどうしたってことじゃないんだ、きっと。いつの間にかなるようになっただけ。俺はそれでいいよ」
「そうか。いろいろあったなぁ…… お前に能を教えてやりたいと思っていたんだがもう無理か」
「あ、それきっとダメ。おだやかなの俺には向かないよ」
「華、能は穏やかじゃない、激しい芸だ」
「激しい?」
「激しさを胸で殺す。心がたぎって踏み出し、しかし静かに滑り出す。『舞う』というのはな、心が満ちて溢れて次の動作に繋がっていくんだ。『静』という文字をどう思う?」
(師範と同じことを言う……)
「静かって……穏やかなことでしょ? ……しずかだ、ってこと」
「お前の言う『静か』というのはどういう静かなのかな。ただ音が無いということか? 動きが無いとか」
「だと思うけど」
「文字を考えるといい。『静』は、それで終わらない。『静』があってこそ始まるものがある。そうだな、この言葉をお前への祝いとしよう」
(また宿題が増えた……なんでみんな俺相手に禅問答をするんだよ)
家を出て朗とふざけながら真理恵を送っていく途中。片手には真理恵の荷物をぶら下げていた。
華がつき合いはじめた子の愚痴をこぼす。朗が笑う。
「それってホントに付き合ってるって言えるの? 鬱陶しいんだだろ? その子が」
「まぁ……平たく言うとそうなるのかな」
「また失恋確定か!」
「笑うな!』
複雑な気持ちでそんな会話を聞きながら二人の後ろを歩いていた。左側に男が立っているのは見えた。けれどちらほら人も歩いている。楽し気に喋っている目の前の二人。
その華に男がふらっと近寄ってきた。
「華……探したんだ、華。僕はずっと探してたんだよ。なのに華は勝手にどっか行っちゃった、僕を置いて」
華の全身が固まった。
(あれから……なんねん、たった?)
ずっと探していたという、聞きたくなかった声。とっくに忘れていた。
すぐに朗が華を背にした。
「なんなの? 君、華のなんなの? 華、僕らの関係を放ったまま、こんなヤツと付き合ってるの? 僕の知らないとこで!?」
恐怖で目を見開いたままの華に近寄ろうとする柿本。しっかり間に立った朗。それでも前に出てくる柿本の前に真理恵が立った。
「アッキ! 華くんをお願い!」
「どけ! 女なんか用無い! お前! 華を返せっ!」
「華くんは誰のものでもない、華くんは華くんだよっ!」
手を振り回して華の方に回り込もうとするその手を真理恵が掴む。硬いアスファルトに鈍い音が響いた。這ってもぞもぞと寄る手が真理恵の足を掴んだ。
「マリエっ!!!!」
「来ないでっ!」
真理恵の勢いに気圧される。
「ね、もう華くんに近づかないって約束して」
柿本は泣きながら首を振る。
「いや……だ……探したんだ、ずっと一生懸命……寒くても暑くてもいつもあの門のそばに立ってた……出てくるのを待ってたのに……」
柿本がしっかりと掴まったから真理恵の体が揺れてそのまま倒れた。
「華のお母さんが出てきた時、よっぽど捕まえようかと思ったんだ、華をどこに隠したんだって」
知らないところで家族に忍び寄っていた柿本の狂気にゾッとする。
「なんで? お前なんかとも笑って話すのに。なんで僕から華を取り上げるの? なんでだよっ!」
真理恵の顔に拳が飛ぶのとその手を掴んだ真理恵が動くのはほぼ同時だった。道路に伸びた柿本を俯せにしてその上に座り込んだ朗が警察に電話した。
立ち上がろうとした真理恵がふらっとまた座り込んだ。
「マリエっ!!」
「だい、じょうぶ? 華、くん、は? だいじょうぶ?」
華の腕の中で気を失った真理恵の顔を手で押し上げる。ぬるりと温かいものが手を濡らした。揺さぶっても目が開かない。声も出ない。
「マリエーーーっ!!!!」
首元まで流れる血を上着で拭いながら華は叫んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます