第八話 エスカレート -4


 華は体の回復に懸命だった。回復し始めるとどんどん動くようになっていった。拳が徐々に硬くなっていく。膝をちょっと持ち上げては下ろす。足を突っ張ってほんの少しだけれど腰や腹を浮かせる。肩を動かす。

(もっと動けなきゃだめだ、アイツが来る前に)

かなり服を選ぶのに手間取っているようだ。

「ね、どっちにしようか?」

 すぐ近くの声に、慌てて体から力を抜いた。目だけ動かす。

「あれ? まだ全然動けない? どうしよう……」

 泣きそうな顔になっていく。本当は気が小さいのかもしれない。触りに来ようとするから少しだけ動いて見せた。

「あああ、良かった! もし動けなくなったら一生ここで面倒は見るからね。でもやっぱり動く華の方がいいから」

(誰がお前の世話になるか!)

「これで迷ってるんだ。華にははっきりした色の方が似合いそうだよね。白と、赤。華はどっちがいいかな?」

(答えを出したらすぐにあんなのを着せられる! そしたら何をされるか……)

華はどっちにもイヤな顔をした。

「ええ、気に入らないの? どっちも?」

 微かに頷く。しょげたような顔で背中を向けた。

「分かったよ、華の好きそうなのをいくつか見せるね」

 離れた男はすぐに戻ってきた。驚いてしまう。

(こいつ、何着買ってんだよ!)

10着は越えているだろう。ワンピースじゃない、本当にドレスだ。

(かなり動けそうだ。着替えが終わるまでは縛られないはずだ)

華はゆっくりドレスを見た。男が2枚ずつドレスを見せる。何回もイヤな顔をした。

「あんまり我がまま言わないでよ! ずい分お金かけたんだからっ!!」

 殺気立つような様子に思わず怯んだ。吊り上がった目がすぐに優し気な表情に変わる。

「ごめん……どれでもいいんだ、選んでよ。絶対にきれいになるから。そしたら気持ち良くさせてあげる」

 どうしていいか分からない。あれ以上怒らせたくない、何をされるか分からない。

「いいや、最初は僕のお気に入りから着せる! 決めた」

 真っ白なドレスを手に取った。確かに高そうだ。レースとフリル。小さい女の子なら喜びそうだ。

「ちゃんと下着もあるからね」

 白いブラジャーと白いパンティー。

「さ、脱いじゃおか」

 今しかないかもしれない、そう思って華は動いた。飛び起きるつもりだった。けれど思ったよりまだ体が重い。やっと座り込んだが簡単に横に倒れた。

「動いてる! 良かったね、動けるようになってる!」

 ベッドに乗ってきた男は華の後ろに回り込んだ。体を抱き起して自分の胸に抱きかかえ、服を脱がせ始めた。

「やめ、ろ! さわるな!」

「華の声、すごくいいよね! お芝居の時に怒鳴ったの、カッコ良かったよ! あれって演出? みんなが華の声で止まってさ、ドキドキしちゃった」

 真後ろからかかってくる声。すでに荒くなっている息。

「すべすべしてる……やっぱり人形とは全然違う…先にちょっと触らせて」

 肌を滑り降りていく手……止まることなくベルトを緩め下着の中に入り込む。全身を動かして逆らうのに、男の左手ががっちり胸を抱き込んでいた。

「やめ、ろ、やめろ! さわ、るなっ!」

 揉みながら耳を舐めてくる。全身に鳥肌が立つ。しっかりと力が入らなくても男の動き回る手を掴んだ。

「爪、立てないでよね。あの後ずっと痛かったんだから。立てたらここに僕の爪を食い込ませるからね」

 感情の無い声だった。握り込まれる弱みに、力が加わっていく。

「痛いっ!」

「だからじっとしてて。いい? じゃないと握り潰すからね。そしたら華は一生女の子だ」

 途端に力が抜けた。

「そう、いい子! 華はいい子だ、ご褒美だよ」

 緩く速く扱かれる。いやでも体が反応する。

「やめ、いやだ、こんなの、やめろ、いや……う、あう、……っは……」

 大きく息をついて、自分が陥落したことを知った。涙が零れる、止まらない腰の震えで。

「僕も……ああ!」

 背中が濡れるのを感じた。

「……よかった……華も良かったでしょう? ちょっと待って」

 そのまま俯せに倒される。脱力している。背中を指が拭って、尻にべちゃっと擦りつけられた。

(まさか……うわああ!!!!)

指がいきなり深く。入って来た。中で無理やり動くのに息が詰まる。

「やめろ、痛い! 痛いって言ってんのが分かんねぇのかよ!」

「じっとしてて。ビデオではすぐに気持ち良くなる顔してた。平気だから」

「こんなん……で、気持ち、よくなるなん、て冗談だろ」

「それは華が認めようとしないからだよ。ホントは気持ちいいくせに」

 指が抜けたと思ったらすぐに生温かいものがそこに当てがわれた。もう限界だった。

(握り潰したきゃやってみろっ!!!!)

 アドレナリンが噴出する。入ってくる前に体を反転させて仰向けになった。怒りが華の体に活力を与えた。止まらずに男の顎を蹴り上げる。いつもよりずっと弱いが、それでも大きな衝撃になったらしい。真後ろに男が仰け反る。

「くた、ばれ、バカ!」

 なんどか蹴って後ろずさりに力がまだ弱いままに体を起こす。男のモノが丸見えなのを嫌悪感たっぷりに睨みつけ、出せるだけのありったけの力で思い切り蹴った。

「うああああ!!!!」


 その間にベッドから転がり落ちる。下着もズボンも脱ぎ切ってはいない。可能な限りの速さで引き上げるとワイシャツだけ羽織って上着を引っ掴んだ。コートは玄関で脱がされている。なんとか起き上がろうとする男を殴りつけた、何発も何発も。

 相手の動きが止まっていることに気がついて、思わず後ろに下がった。呻き声が漏れたことにほっとして、華は必死に玄関へと向かった。コートを拾い上げて廊下に出る。転げるようにエレベーターに向かった。何度もボタンを押して待てずに周りを見回すと階段のマークがある。ドアを乱暴に開けてもつれそうになる足で駆け下りた。


 11階だった、男の部屋は。荷物が無い。携帯も無い。

(どこだよ! ここはどこだよっ!!)

 明るい方へ向かって走り、人通りに出た。賑やかで明るい場所。ほっとしてそばの壁にもたれかかると、ずるずると座り込んでしまった。

「どうしたの? 具合悪いの? 上着も着ないで……血が付いてる!」

 通りかかった女性が小さく悲鳴を上げる。多分男を殴った時の血だ。様子がおかしいことが誰にも一目で分かる。しかも靴を履いていない。他にも何人か寄ってきた。

「待って、救急車呼んであげる!」

「だい、じょうぶです」

「動かない方がいい、ケガしてるんだろう」

「ほんとに、だいじょうぶ、です、から」

 けれど立てない。それほど経たない内に警官が走って来た。多分近所の交番に誰かが連絡したんだろう。

「君っ、何があったんだ!?」

「今、救急車を呼びましたから!」

「ありがとうございます!」

 起き上がろうとした体を押さえられた。

「動かない方がいい」

 そばにいた女性が上着とコートを拾って警官に渡した。体にかけてくれようとするのを思わず振り払う。

「あ……すみません、自分で着ますから」

 体の節々が痛かった。なり振り構わず暴れた反動が出始めている。

「う!」

 羽織ることが出来ずに取り落とす。結局警官が体にかけてくれた。怒りが治まり始めると今度は悪寒が走り出した。どうしようもないほど体が震える。汗も引いてきて凍えそうに寒い。頭の芯がボヤっとしている。

「救急車、まだ!?」

 女性の怒った声に応えるようにサイレンが聞こえてきた。警官は周りに話を聞いている。すぐそばに止まった救急車から救急隊員が下りてきてその後からストレッチャーがついてきた。

「ある、けます」

「だめだ、動かないで」

 てきぱきとストレッチャーに乗せられて救急車に運ばれた。震え続ける体に毛布が何枚かかけられる。その中でガチガチと歯を鳴らしていた。



 救急病院の暖かさは華には届いていなかった。体が冷えているのか、心が冷えているのか。警官があれこれ聞いてくることに答えられない。何も考えたくないからまるで思考が停止しているようだ。

 医師に呼ばれて警官が離れていく。少しして戻ってきた。その質問はクリアに聞こえた。

「きみ、誰かに何かされたのか? 背中に付着していたのは精液だそうだ。誰に襲われた? 分かる?」

「ち、がう、ちがう、なにもされてない、ちがう、なにもされてないっ!!!!」

 そこからは何を喚いているのか自分でも分からない。やめろ! と叫び、近づくな、来るな、触るなと叫び続けた。とうとう鎮静剤を打たれて華は静かに眠った。

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