第四話 すれ違うままに

 押し入れから布団を出した。肌掛けと枕を放り出すように布団の上に投げる。

「どいつもこいつも」

 横になって掛け巡る怒りを鎮めようと息を深く吸う。ふとあの髭面の師範代の声が蘇った。

『すぐに答えが出なくてもいい。いつか君の答えが出たら聞きたい』

「静水……」

 しばらく考えた。

(分かんないよ……)

真理恵の顔が浮かぶ。

(明日電話しとかないと)

それだけ考えて眠った。

「華」

 襖の向こうから祖母の声がした。

「……まだ眠いんだけど」

「下りてきなさい」

 それきり静かになる。舌打ちして着替えた。


 下りていくと真っ赤に泣き腫らした両親がいた。立ち上がった夢が飛びついてくる。

「華、華、華……」

「分かったよ。話聞くから。座って」

 夢が落ち着くのを待って祖父が話し始めた。

「ずい分急な話だな」

「考えました、ルーマニアで一緒になった時から。よく話して結論を出したんです」

「お前の家族は何人だ?」

「……3人です」

「2人で出した答えが結論になるのか?」

「それは……」

「華は、聞いてくれなくて……」

「それは華の責任か? 儂の知る限りお前たちが華と一緒にいた時間はたいして無かったように思うが」

 両親は下を向いた。

「私は……絵を捨てることが出来ません。夢はピアノを」

「で、俺を捨てることにしたんだ」

「違う! 華、本当に一緒に暮らしたいんだ。今まで離れていた時間を取り戻したい」

「子どもに縋りつくなんて、父さん、美しくないよ」

 超愛は黙ってしまった。

「悪かったと思ってる。私たち、確かに自分勝手だったわ…… でもあなたを愛してるのは本当なの」

「絵も描きたい、ピアノも弾きたい、おやつに俺が欲しい。気持ち、いい?」

 母の顔が真っ青になる。父の唇が震える。

「もう責任取るべきだと思うけどね、親として。俺をおじいさまに養子に出して。マンションを借りて住む。転校なんて考えてない。学費と生活費のことはおじいさまと話して。別れる前に合気道の申込書にはサインして。それくらい俺にしたっていいはずだよ。もう意味の無い親子関係にはうんざりだ」

 それだけ言い捨てて部屋に戻った。祖父は何も言わなかった。



 朝には両親はいなかった。祖父に呼ばれて能の舞台のある大きな部屋に呼ばれた。

「なに、今から能を見せようっての?」

「いや。きちんとした話をしたくてね」

 畳の上に正座をしたから自分も座ってきちんと祖父の目を見た。

「今のお前には理解できなくて当然だと思う。私にも今回のことは腑に落ちていない。だがお前の言い分はしっかり分かったから私が結論を出した」

 華は黙って聞いていた。

「親権を手離すように話した。私がお前を養子にする。名前も変わらんからいいだろう。生活費を出したいと言うから止めた。これが二人が受けるべき罰だと思う。贅沢はさせん。身の回りのことも一人でするんだ。身元の保証が必要なことは全部私がやろう」

 嘘のようだと思った。自分の言い分が全部通っている。

「『華の望むように』か……」

 空しくなった。けれど泣きたくは無かった、意地がある。

「家を売るのをやめてもいいとは言っていた」

「いやだ。あそこにはもう住みたくない」

「そう言うと思っていたよ。何より無駄だしな、他の部屋が。家を売った金額の半分を私が預かることになっている。そこからお前の生活費と学費などを出す。それでいいのか?」

 すぐに返事が出来なかった。現実と受け止められなかった。望んだけれどその通りになるとは思ってもいなかった。

(俺……説得してほしかったんだ……)

不覚にも涙がつーっと流れた。祖父は何も言わなかった。

「いい、それで」

「考えてもいいんだよ。決める時期はお前に任せると言っていた。冷静になって考えてごらん。年を言うなとは言ったが、お前が14であることに変わりは無い。時間を置いて考えるべきだと思う。道は出来た。慌てる必要はないんだ」

 手で頬を拭った。

「……うん。おじいさまの言う通りかもしれない。俺、怒ったまんまだ。何も考えてない。ちゃんと考えたい」

「良かった。それまではあの家にいなさい。静さんも困るだろう。次の勤め先を探してもらうのに時間をあげたい」

 そうだった。ずっと育ててくれた静さんと別れなければならない。

(その方が悲しいだなんて………)

それが辛かった。自分の中で、とっくに親を切り捨てていたということも。

「今日は泊って明日帰りなさい。心配要らない。二人とも今日の夕方ヨーロッパに経つそうだ。距離を置いて考えたいと言っていたよ」

(笑える、この期に及んで距離を取るって? どれだけ俺から離れて考えればいいの?)

「今日は泊って明日帰る。学校、これ以上休みたくない」

「分かった。電話はいつ、何時にかけてきても構わない。お前のことは私が請け負うんだから」

「……ありがとう、おじいさま」

「クソ爺いとは言わんのか?」

「二度と言わない。約束する」


 部屋に戻った華は何を考えていいか分からなかった。

(俺……どっか悪かった? どこも悪いとこ、無かった? どっち?)

それが分からなかった。

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