雨上がり、あなたのためにケーキを買って帰る
よなが
本編
あなたの誕生日だったから、私は苺のミルフィーユとベイクドチーズケーキと和栗のモンブラン、それからガトーショコラの四つを駅前のケーキ屋さんで買った。
全部、あなたが好きなケーキで、私が苦手なケーキ。
甘いもの全般が苦手なんて人生の九割を損している――――会って間もない頃、あなたにそんなことを言われたのを今でも覚えている。忘れようがない。
あの頃のあなたを私は、はっきり言って甘いものなんかよりずっと苦手だった。それがどういうわけか、出会って一年が経つと触れ合っていない時間がつらく、もどかしく、寂しく感じるようになっていた。
あれから六年になる。
でこぼことした道路は、雨上がりに大きな水たまりを作っていた。私はそれを覗き込もうとしたわけではない。なにも、その浅い水面にあなたの姿を見つけようとしたのではない。
一台の車が猛スピードで私のすぐ脇を通り過ぎる。水たまりの水がはねる。私はそれを避けようとして、うっかりケーキボックスから手を離す。放り投げてしまう。
誰もいない道端で上下さかさまになった箱をしばらく呆然と眺めた。
家へと帰る。あなたへの言い訳はとくに考えていない。考えなくてもいいってわかっている。果たして箱の中身は悲惨だったけれど、ケーキを箱から取り出して、笑顔のあなたの前に並べる。
あなたが遺した家族は私とあなたの関係を今でも知らない。教える必要はないと思う。あなたがいなくなった今、些末なことだ。
「ごめん、ぐちゃぐちゃになっちゃった」
写真の中で笑うあなたに私は謝る。何もかえってこない。
私はあなたがいなくなってから、あなたの誕生日に毎年ケーキを買って食べる。独りで。相変わらず私の身体はそれらを受け付けないから、工夫がいる。流し込む工夫が。
「手間が省けたかな」
誰にも届かない呟き。
ミキサーで混ぜられていく、あなたが愛した甘さを私は苦々しく見守っていた。
雨上がり、あなたのためにケーキを買って帰る よなが @yonaga221001
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