第113話 旅立ち ~鴇汰 1~
「いい加減に起きなさい!」
突然、耳もとで男の声が怒鳴り、鴇汰は飛び起きた。
怒鳴られた驚きで、心臓がバクバクと音をたてている。
直前まで、鴇汰は夢の中にいて、両親とロマジェリカの家に暮らしていた。
子どものころと同じように、質素ながらも明るい食卓で、話しをしながら笑い合っていた。
なにを話したのかまでは覚えていない。
たぶん、これまであったことを話したんだと思う。
あまりにも懐かしくて幸せな気持ちでいっぱいになり、離れがたくなっていた。
このままこうしていられたら、そんな思いがよぎった直後、怒鳴られて目が覚めた。
声は北浜に襲撃があったときに、夢で海岸へ行けといった声と同じだ。
「父さん……だよな? なんで起こされたんだ……? あんなに怒って……」
窓の外はもう明るい。
朝だ。
時計をみると七時を回ったところだ。
またゴロリと横になって、見慣れない天井に気づいた。
「え……どこよ、ここ……」
いつの間にか着替えがされていて、周りをみると医療所の病室にいるようだ。
寝たおかげなのか、疲れはないし傷あとも痛まない。
まだ半分ほど夢心地のまま、部屋をでて軍部へ向かった。
歩きだして少しすると、妙な違和感を感じた。
なぜ、医療所にいたのか。
というか、あれからどのくらいの時間が経っているんだ?
あのときはもう夜だった。
今、朝だということは一晩なんだろうけれど、なにか変だ。
だんだんと足早になって、途中で走り出した鴇汰は、軍部に飛び込むと会話の聞こえてくる会議室の扉を思いきり開けた。
「麻乃は? 麻乃はどこだよ!」
麻乃以外の蓮華が全員揃っている。
鴇汰を見つめたまま、黙ったままの姿に苛立ちを覚え、もう一度、麻乃のことを聞いた。
それにはなにも返さず、穂高が問いかけてきた。
「鴇汰、医療所から直接ここへきたのか?」
「え? ああ、それがなんだよ? それより……」
「あれからもう六日も経ってるんだよ」
「……は?」
六日も経っていようとは思ってもみなかった。
麻乃がここにいないのは、マドルの術のせいで消耗して、鴇汰と同じように眠っているからか?
あの日、刺された傷は治したはずだ。
「まさか麻乃も医療所に……」
「馬鹿ね。そんなわけがないじゃあないの」
「じゃあなんでいないんだよ!」
また、全員が黙る。
なんだというのか。
溢れる苛立ちを抑えきれないまま、再度、聞いた。
「麻乃はな、ジャセンベルに行くそうだ」
徳丸はそういう。
なにかの聞き間違いかと思ったけれど、梁瀬がそのあとを継いだ。
「麻乃さんがね、レイファーに頼んだらしいよ。昨日、レイファーが知らせてくれたんだ」
「レイファーは、麻乃と一緒になるつもりでいるらしいぞ」
「なんだって?」
情報過多で頭が働かない。
麻乃と一緒になるつもりとはどういうことだ?
鴇汰はまだ夢の中にいるんじゃあないかと思った。
「操られていたとはいえ、同盟三国を引き連れてきたんだもの。泉翔にはいられないって思ったのかしらね」
「西浜の常任になったときもそうだけど、麻乃の考えそうなことだよな」
巧と穂高はそういう。
それをわかっていながら、どうしてみんな麻乃を止めもせず、涼しい顔でいるんだろうか。
「でもまあ、レイファーが麻乃さんと一緒になるんだとしたら、麻乃さん、玉の輿ッスよね?」
「そういうことだよね。実はちょっとラッキーだったりして」
岱胡と梁瀬がそういうと、みんな納得したようにうなずいている。
カッと頭に血がのぼった。
両手で机を思いきりたたくと、全員を睨んだ。
「あんたらバカかよ! 玉の輿? ラッキーだって? んなわけがねーだろうが!」
「だってレイファーはジャセンベルの王になったのよ? そうしたら、麻乃はお后さまじゃない。どう考えたって幸せにしかならないわよ?」
「レイファーもあれで、意外といいヤツだったからね」
「鴇汰さんは麻乃さんが幸せになることに反対なんスか?」
グッと言葉に詰まる。
幸せになることに反対なんじゃあない。
ただ、麻乃が泉翔からいなくなることが嫌だ。
まして、レイファーなんかと一緒になるなんて、そんな馬鹿な話しはないだろう。
「ってか、あの二人のあいだに、どうしてそんな話しが出てくるんだ? 麻乃はレイファーを知らなかったはずじゃ……」
「麻乃が豊穣でジャセンベルに出たときに、知り合ったそうだよ」
そういえば、祠のある森で、麻乃がジャセンベル人と会ったという話しは聞いている。
それがレイファーだったというのか。
穂高の話しでは、そのときからレイファーは麻乃を思っていたそうだ。
だからなんだ?
こっちはもっと前から……。
思わず鴇汰は修治をみた。
黙ったまま椅子に腰かけ、鴇汰をみている。
いつものスカした顔で。
「修治……あんたなんで黙っているんだよ? 麻乃がジャセンベルに行くっていうんだぞ?」
「ああ。その話しは昨日、本人からもレイファーからも聞いている」
「じゃあなんで! どうして止めないんだよ!」
「レイファーは俺に、麻乃を必ず幸せにすると約束したんだよ。巧のいうように、ジャセンベルで后になるのなら、きっとなんの不自由もなく暮らしていける。それに……」
「……それに? なんだよ?」
修治は肘掛に寄りかかって頬杖をつくと、フッと鼻で笑った。
「あのレイファーってやつは、なかなかの度量を持っているようだ。あいつになら、麻乃を任せても問題ないと思ったからだ」
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