第76話 干渉 ~鴇汰 1~

「中央部まではこのまま進んで問題ありませんか?」


 運転をしているジャセンベル軍のクリフという男が修治にそう問いかけた。


「ああ。すまないが、できるかぎり早く頼む」


 鴇汰の隣で梁瀬は爆睡中だ。

 術の疲労に耐えきれないと、眠る前につぶやいていた。

 クリフがアクセルを踏んだのか、グンとスピードが上がり、背中がシートに押し付けられた。


 周辺の気配を探っても、麻乃もマドルも気配を感じない。

 そこまで時間が経っていないはずなのに、そんなにも引き離されたのか、あるいは追い越したのか……。

 これまで鴇汰は気配を探ることがそんなに得意じゃあなかった。


(どこだ……麻乃……)


 今は流れ込んでくるかのようにそれらがわかる。

 それがなぜなのかも……。

 襲撃が始まってからみた夢で、海岸へと促された中でシタラの姿に言われた言葉。


『破壊の焔が目覚めています。武王はまだ拙い……あなたの手がなければ紅き華ともども手折られてしまう。クロムの手を借り、残る二人の賢者とともに立ち向かうのです』


 まるで意味がわからないのに、どこか納得している自分がいたのを思い出す。


 泉翔へ逃げてくる日、船の中で梁瀬と二人、使ってはならない術を使ってしまった。

 クロムに見つかり梁瀬とは別室に連れていかれてから、大陸に残っていた伝承を聞かされた。

 おそらくその際に暗示か封印を施されたんだろう。

 クロムに渡された飲み物が、今思うとあの薬湯に似ている。


 今日、マドルに刺されたあの瞬間まで、あの時のことはほとんど忘れていて、一緒にいたのが誰かさえ覚えていなかったけれど――。


(あのときの男の子が、このオッサンだったとはな……)


 熟睡している梁瀬の顔を見た。

 まるで無防備な姿に笑いが込み上げてくる。


 一見、頼りなさげな雰囲気でありながら、なかなかにしたたかでずるい。

 きっと梁瀬も鴇汰と同様、その力を抑え込まれていたはずだ。

 でなければとうにあの日の話しが話題に上っただろう。

 これまで一度も問われることがなかったのは、そういうことだ。


「このままのスピードで進めば、中央までは二時間かけずに着けるな」


「問題なのは、中央へ到着してからですね。おそらく進軍している先陣はすでに中央部へ侵入しているころでしょう」


「ああ。打ち合わせ通りであれば、城へと誘導されているはずだが……」


「それでも街のあちこちには敵兵が散っているでしょう。戦闘は避けられません」


 修治とクリフのやり取りを黙って聞いていた。

 振り返って小坂たちの車を確認すると、そう距離を開けずに後ろを走っている。

 流れていく景色の中に繋がれた馬が数頭いたのがみえた。


「なあ、麻乃……ってかマドルの野郎、なにで移動していると思う?」


「まさか足でのみってことはないだろう。ただ、あいつは運転できない。マドルのやつが操っているのであればどうだかわからないが……」


「今、馬が繋がれているのがみえた。多分、これから中央へ向かうやつらに残したんだと思うけど、それを使ってんじゃねーかな」


「……馬か。そうであれば俺たちが先に中央へたどり着ける」


 クロムは麻乃より早く中央に着かなければ駄目だといった。

 中央で待ち構えて、やってくる麻乃の中からマドルは離れているだろうか。

 梁瀬がこんなにも疲労してまで放った術だ。

 効いていないとは思いたくない。


「着いたらまずは泉の森だ。叔父貴もきっとそこへ来る。あの叔父貴だからな、きっとなにか企んでいやがるに違いねーんだ」


 修治は黙ったままうなずいた。

 いつも通っていた中央までのルートが、今日はやたらと遠く感じる。

 きっと修治も小坂も同じ思いだろう。


 術師たちの効力が失われている今、中央ともほかの浜とも連絡の取りようがなく、見えない状況にジレンマを感じた。

 道中では、何度か敵兵を浜へ引き連れている隊員たちやジャセンベル軍とすれ違った。


 先陣をどの程度通しているのかわからないけれど、打ち捨てられた敵兵の亡骸もいくつもみえる。

 その中に泉翔の戦士たちがないことを祈りながら通り過ぎた。


(いや……きっとみんな大丈夫だ……)


 北浜で相原と向き合ったときに感じた、奇妙な感覚を思い出す。

 誰一人、失うことはない。

 なにもかもが、きっとうまく行く。


「まもなく中央部に到着します」


 クリフの呼びかけに、鴇汰は梁瀬を無理やり揺り起こした。

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