第70話 阻害 ~マドル 2~

 麻乃はどうやら修治から武器を奪うつもりのようだ。

 停泊中に、自宅に武器を取りに戻ったはずなのに、それでもまだ足りないというのだろうか?


 今は手出しもできず、ただジッと様子をみることしかできない。

 修治の腰もとに視線を向けると、麻乃が帯刀しているものと対の刀を下げているのがわかった。


(あれを手に入れたい、ということか……)


 西側の戦闘状況はどうなっているのか、周辺はやけに静かだ。

 麻乃が刀を抜いた。

 正面に立つ修治は満身創痍で、これは麻乃がつけた傷なのだろうか。

 だとするなら、麻乃が修治を倒すのはもう間もなくだろう。


 麻乃が距離を詰め、二人が刀を交えた。

 修治の手にした刀に、麻乃は不満を感じている。

 抜かせたいのはもう一刀のほうだ。

 間近で向き合った修治の目が、マドルを捉えた気がした。


(麻乃の殺気は本物だ……さっさととどめを刺せばいいものを、なにを躊躇っているのか……)


「どうして獄を抜かない?」


「……その必要はないだろう?」


「なぜ?」


「おまえが炎を抜かないからだ」


 麻乃の感情が昂ぶる。

 さっきよりも強い殺気が周囲にまで広がった。

 次々と振るう刃に修治の傷は増える一方だ。

 いよいよとどめを刺すか、マドルがそう思った瞬間、横から飛び出してきた人影に麻乃が飛びのいた。


(――ジェか!)


 手にした剣で修治を刺し、高笑いをしている。


(こんなときに……あと少しで麻乃が修治を倒しきったはずなのに……)


 本当にどこまでも邪魔な女だ。

 もしも修治ではなく、刺されていたのが麻乃だったらと思うと忌々しさが募る。

 麻乃の怒りがジェに向いた。

 そのすばやい動きが、一瞬でジェの手首を斬り落とした。


「――あんたにはもう二度も言ったはずだ。あたしの邪魔をするなと」


 ジェが痛みに叫び声をあげ、周囲を側近が囲んだ。

 ここで彼らが攻撃に転じれば麻乃に被害が及ぶかもしれない……。

 表に出てどうにか対応したいのに、麻乃の感情が邪魔をしてマドルの意識は沈められたままだ。


「退くなら追わない。さっさとマドルのところへ戻って、手当てでもなんでもしてもらえばいい」


 そう言い放った麻乃におじけづいたのか、全員が引き下がった。

 やがてここへとやってくるだろう。

 こうなると、もはやジェは邪魔でしかない。

 ここへ姿を現したときがジェの最後だ。

 いよいよ麻乃の刀が修治の武器を弾いた。


(――これで修治も終わりだ)


 椅子に深く腰をかけなおし、ひじ掛けで頬杖をつくと目を閉じてほくそ笑んだ。

 ガキンと鋼の打ち合う音が響き、麻乃の手が止まった。

 ハッとして見つめる先にある姿に、マドルは思わず椅子から立ちあがった。


「長田鴇汰……生きていたとは……」


 リュが生きて戻ってきたときに、もしやとは思ったけれど、まさか本当に生きていたとは!

 それはともかく、大陸からどうやってここへ戻った?


 なにかマドルの予期せぬことが起こっている。

 暗示を解かれたこともそうだった。

 解いたはずが張りなおされていた結界、暗示を解いた術師の存在、どんな手段を使ったのか戻ってきた鴇汰。

 ほかにもなにかが起きているかもしれない。


 大陸からの連絡もまだ届かない。

 動きがないのであれば、それも当然かもしれないけれど、嫌な予感が湧き立ってくる。

 各浜の状況はどうなっているのか。


 泉翔側は少数の部隊に分かれてあちこちから仕かけてきたけれど、あのやりかたで、こちらにどれほどの被害が出ただろうか。


 今度こそは人数にものをいわせているのだから、こちら側に有利であることに間違いはないはずだ。

 確認しなければならないとわかっているのに、麻乃の目を通して見える状況から離れられない。


 鴇汰は麻乃に、マドルのところへは行かせない、と言っている。

 ただの戯言だ。

 今さらどう足掻いたところで変わりようなどない。


 麻乃と鴇汰が刀を交えるたびに散る火花と同じくらい、マドルの中で憤りが弾ける。

 濡れた手で氷に触れたときのように、離れようとしなかった柄が手の中で僅かに熱を持ちはじめた。


(なんだ……この奇妙な感覚は……)


 手のひらを通してマドルにも伝わってくる、憂いとあきらめに似た、終わらせたいという感情……。

 これは誰のものだ?

 麻乃が終わらせたいと感じているのか。

 なにを終わらせたいというのか……。


 鴇汰の打ちつけた刀に擦り流されて麻乃の刀が折れた。

 折れ飛んだ刃を追った視線が顔ごと無理やり正面を向かされ、柔らかい感触が強く唇をふさぐ。


 それはほんの数秒のことだったのに、ドクンと胸が大きく高鳴り、激しい痛みがマドルの胸をも刺した。

 強い力で抱きしめられ、動揺した麻乃の耳もとで鴇汰がつぶやいた。


「おまえ……ホントになにしてんのよ。約束したよな? 無事に戻ったらゆっくり話そうって……俺、待ってんだからよ、早く帰ってこいって……」


 鴇汰の腕の中で麻乃の感情が揺れ、目眩を覚える。

 麻乃が動揺しているその隙にマドルは強引に表に割って出た。

 腰もとの脇差をそっと抜くと、そのまま鴇汰の脇腹に深く突き刺していく。

 麻乃の意識が止めようとするけれど、表に出ているマドルのほうが強い。


 両手で麻乃の肩を掴み勢いよく自身の体から引き離した鴇汰は、しっかりと瞳を見つめてきた。


「おまえ――マドルだな?」


 頭の奥で麻乃の叫び声が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る