第68話 阻害 ~修治 1~
鴇汰と小坂がロマジェリカ兵を相手にしているのを、洸の後ろから見守っていた。
不意に視線を感じて振り返ると、大木の陰に麻乃の姿があった。
麻乃は修治を呼ぶように僅かに首を動かすと、踵を返して中央のほうへ走っていく。
鴇汰たちは麻乃に気づいていない。
穂高の回復術のおかげで右肩の痛みはだいぶ和らいだ。
迷いながらも、なにも言わずにその場を離れ、麻乃を追った。
間違っても鴇汰と小坂、洸に手を出させるわけにはいかないと、そう思った。
先を行く麻乃を見失わないように追い続け、しばらく走ると、開けた場所に出た。
立ち止まった麻乃が振り返る。
距離をおいて修治も足を止めた。
向き合ったまま見つめあう。
その目はしっかりと意識を保っているようなのに、どこか迷いを感じた。
よく見ればロマジェリカの軍服を着替えている。
最初に刀を交えてから、そう時間は経っていないけれど、途中でなにかあったのだろうか。
(まさか……誰かが犠牲になったなんてことは……)
黙ったままで麻乃は夜光を抜いた。
さっきは敵意をむき出しでいたのが、今は平静を保っているようだ。
こうしていると、昔の稽古のときや演習での太刀合わせを思い起こさせる。
ルートから離れているからあたりも静かだ。
日常の、これは演習の続きなんじゃあないかと錯覚してしまいそうになる。
修治の手は、相変わらず紫炎を抜くか炎魔刀を抜くか迷っていた。
僅かに風が吹き、鳥が飛び立ったのと同時に麻乃が動いた。
突きかかってきた刀を避けるため咄嗟に抜いたのは、やっぱり紫炎だ。
弾いた刃をそのまま横流しに斬りつけてくるのを防ぐ。
間近で合わせた紅い瞳の奥に、なにかが揺らいだ気がした。
麻乃は次の攻撃に移らず、そのまま修治から距離を取った。
「どうして獄を抜かない?」
唐突に麻乃が問いかけてきた。
それを思っているのは修治のほうこそで、さっき同じことを麻乃に聞いたばかりだ。
「……その必要はないだろう?」
「なぜ?」
「おまえが炎を抜かないからだ」
麻乃がカッとなったのがわかる。
こんな感覚は以前と同じだというのに……。
今度は突きではなく、下から掬い上げて攻撃してきた。
紫炎でそれを抑えると、畳みかけるようにまた横から斬り流してくる。
その力がやはり強い。
「だったら……抜かせるまでだ」
囁くようにそう言った麻乃の言葉に、修治は麻乃が獄を奪うつもりでいると悟った。
炎が抜けなくても、すでに抜き放たれた獄を奪えば炎魔刀を扱うことができる、そう思っているのだろう。
紫炎を弾かれまいと柄を握る手に力を込めた。
さっきまでと違い、麻乃の動きに無駄がない。
避けきれずに頬や肩、腕を掠め斬られていく。
攻撃に転じる隙がなく、素早い麻乃の動きに防御をするだけで手一杯だ。
周囲に満ちた麻乃の殺気が強くてほかの気配に気づけずにいた。
それは麻乃も同じだったようで、横から走り込んできた赤い影に驚き、飛びのいて修治から離れた。
「――っ!」
割って入ってきたのはジェだった。
手に血まみれの剣を握り、高笑いを放っている。
腰もとが焼き付けられたように熱い。
ジェが手にした剣が血濡れているのは、修治自身が斬りつけられていたからか。
痛みに堪えきれず、膝をついた。
今ここで麻乃とジェに攻撃されたら、修治といえどひとたまりもない。
紫炎を肩口まで掲げて身を守った。
「二人そろっているなんて丁度いいじゃない! あんたたちはここで終わるんだよ!」
高笑いを続けていたジェが、突如叫び声をあげた。
どさりと鈍い音がして目を向けると、いつの間にか麻乃がジェの脇に立っていた。
ジェの叫びを聞いてどこからか現れた庸儀の兵たちが、その姿を庇うように取り囲んでいる。
麻乃はその集団に夜光の切っ先を向け、低い声で呟いた。
「――あんたにはもう二度も言ったはずだ。あたしの邪魔をするなと」
「よくも……よくも私の手を……!」
ジェの足もとに落ちているのは剣を握ったままになっている手首だ。
数人がジェの手に布を巻き付け、ほかの数人が麻乃に剣を向けている。
「髪だけじゃあ済まないと言った。あんたたちも……まだ邪魔をするというのなら命はないと思え」
麻乃の殺気に怯み、ジリジリと下がっていく集団に、麻乃はさらに言葉を継いだ。
「退くなら追わない。さっさとマドルのところへ戻って、手当てでもなんでもしてもらえばいい」
駆けだして逃げ去っていく庸儀の集団が見えなくなったところで、麻乃は修治を振り返った。
痛みを堪えて立ちあがり、構えた紫炎はあっさりと麻乃に弾かれた。
「運が悪かったね……修治。邪魔が入ったとはいえ、あたしは手加減はしない。抜きなよ。獄を。それはあたしに返してもらう」
麻乃が夜光を構えた。
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