第65話 進軍 ~高田 2~
所々で進軍してきた敵兵との交戦が始まっている。
戦士たちの気配を察してもなお最短ルートを進もうとした敵兵を阻止するため、戦士たちも動いたようだ。
土地勘がないために花丘や泉の森へ向かう敵兵もいるようで、そちらは元蓮華の仲間や一般の方々が対応しているはずだ。
雑兵でない場合は危険が及ぶかもしれない。
「まずいな。高田、我々も泉の森へ向かおう。敵兵が入り込めないとはいっても、このままでは、一般の方々が危ない」
「そうですね。少しばかり急ぎましょう」
城の門が見える場所に潜んでいた高田と尾形は、泉の森へと走った。
できるかぎり敵兵を避けて進んでも、次々に進軍してくるすべてを避けきれないまま、急ぐ思いとは裏腹で、戦闘を余儀なくされた。
尾形も高田自身も、道場を営んでいるおかげで普段からある程度の鍛錬はしている。
けれど現役のころのそれとは違ううえに実戦を退いて長く、いささか年老いた。
ロマジェリカの騎兵を相手に、気づくと腕や頬に切り傷を負っていた。
数十人を倒しきり、泉の森を目前にしたところで今度はヘイトの一軍が現れた。
疲れが出始めていてもそれを気にしている暇もない。
走りながら鯉口を切った瞬間、目の前に麻乃の部隊の
「高田師範、ここは俺たちが」
「すまない。あとを頼む」
麻乃と修治の隊員たちが中央まで戻ってきたことが心強い。
いつの間にか森に沿うように戦士たちが集まってきている。
各浜から敵兵を追い、怪我を負っている戦士も多いようだ。
状況は確実に緊迫してきているのに、森から響いてくる巫女たちの唱和と鈴の音がさっきよりも大きくなり、それが変に平静さを保たせる。
神殿とは反対の花丘へ続く森を、加賀野を探して走った。
「高田――!」
湖畔に設置されたテントの一つに加賀野と蓮華の長谷川の姿があった。
こちらに気づき、長谷川が尾形のもとへ駆け寄ってきた。
「岱胡、おまえ南浜はどうした?」
「はい。トクさんの指示で先にここへ。もうじきうちの隊員たちも引き揚げてきます」
「そうか。伝令は加賀野から聞いている。蓮華はまだおまえ以外誰も戻ってはいないが、中村からも連絡は受けている」
「先生、修治さんと鴇汰さんは……」
「いや……まだなにも連絡はない」
「……そうですか」
長谷川がなにかを考え込んでいるあいだに、森本と加賀野から、南浜からの出来事を聞いた。
庸儀の兵が山へ入り込んだというのはともかく、例の怪しげな術を使う術師がこの中央へ侵入しているというのは問題だ。
暗示を解く術が使われたばかりだから、またすぐに暗示をかけることはないだろうと長谷川は考えているようだ。
鳥の
それをみて長谷川がつぶやいた。
「あ……さっきテントにいた鳥だ」
鳥はもう一度
加賀野と尾形、それに森本がひどく驚いた様子をみせているのを横目に、高田はそれに答えた。
「クロムか。なにかあったのか」
「想定外の事態になった。間もなくそちらからの返しがあるが、恐らく間に合わない。なのでこの中央で対応してもらいたい件ができた」
「なにが起こった?」
「高田の危惧している事態ではないから安心してくれ。それについては追々話すとして……まずは、そこにいる長谷川くんに頼みたい」
「――えっ? 俺?」
全員の視線が長谷川に向き、長谷川は戸惑った様子で高田を見つめた。
鳥がまた羽ばたき、ポンと音を立てて人型に変わると高田の隣に立った。
「銀髪の……! 式神!」
「これが式神だと? 高田! これは一体……」
「加賀野、説明はあとだ。今はまず話しを聞いてくれ」
大声を上げた加賀野を制し、高田はクロムに先へ進めるよう促した。
クロムの話しでは、麻乃に暗示をかけた術師の意識が麻乃の中に残っていて、それがこれから返す術の邪魔になるという。
「大まかな説明だけで申し訳ない。いささか急を要するうえに、なかなかに危険だ。けれどキミにしかできない。どうだろう? 頼みを聞いてはもらえないだろうか?」
「……そりゃあ、俺にしかできないっていうなら……でも、一体なにをすればいいんっスか?」
「ロマジェリカの軍師。彼を撃ってほしい」
「あの野郎を……? わかりました。やりますよ、俺。あの野郎に必ず一泡吹かせてやるっス!」
長谷川は少し考えるような仕草を見せたあと、大きくうなずいてそういった。
クロムの式神が満足そうにほほ笑む。
「もう返しがきてしまう。対応については私たちの術が無事に放たれてからになる。それまでのあいだに城の内部、特に王の私室周辺の隠し通路を頭に叩き込んでおいてほしい」
「え……でも隠し通路なんて俺にはわからないっス……」
「大丈夫。高田、遥斗皇子には既に連絡済みだ。見取り図を持って間もなくここへこられるだろう」
「皇子が?」
「術が通ったあとは恐らく六時間程度、術は使えなくなる。そのあいだになんとしても、通路を頭に。私も急ぎここへ戻るから、詳細はそのときに」
「承知した。クロム、心配は必要ないだろうが、くれぐれも用心してくれ」
「……わかっているよ」
銀髪の女はポンと音を立てて鳥へと姿を変えると、また飛び去って行った。
直後、歌うような声とともに泉の森から強風が吹き荒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます