第106話 謀反 ~サム 2~
やられた――。
泉翔へ連れていく兵たちには、なんらかの術が施されているだろうと、サムも予想していた。
けれど、まさか残していく兵にまで手をつけられていようとは……。
ジャセンベルの兵力を以ってすれば退けるのは簡単だろう。
しかしそのぶん、被害も大きく出てしまう。
それになにより本当なら助けられる仲間を、むざむざと死なせてしまうことが許せない。
ヘイト城の近くにある洞穴へ急いで戻り、側近を呼び立てた。
「上将、陛下のご様子は……」
「ご無事だった。体調が優れない様子だけれど、心配には及ばないだろう。きっとすぐに回復される」
出奔して長いせいもあり、反同盟派の中ではなにより王の心配がされていた。
何事もないと知って誰もが安堵の表情を浮かべている。
「喜ぶのは早い。取り急ぎ城の兵は抑えた。けれど国境沿いをやられてしまった。陛下の話しでは暗示にかけられていて呼び戻せないらしい」
「そんな!」
「取り急ぎ、まずはジャセンベルへ連絡を。それから爺さまにも繋ぎを……時間がないとは言え、なにか手がないか考えてもらわなければ」
次々に動きだす仲間たちの背を横目に、サムは大岩に腰を下ろした。
忌々しい。空に浮かぶ月を見てマドルの青い目を思い出し、怒りに震える。
姑息なやりかたをする軍師がロマジェリカにいると聞いたときから、式神を使ってロマジェリカに探りを入れていた。
それにも関わらず、王族の一人に妙な術をかけられてしまったことも、今度のことも、もっとサム自身が注意を払っていれば回避できたかもしれない。
甘く見て会談のおりにも失態を犯した自分を悔いた。
痣のある王族のものには、今回、見張りを付けてその動きを逐一把握できるようにしてある。
それさえも温い手段と思えてくる。
(あの術を解く方法さえわかれば……それさえわかればなんの問題もないと言うのに……)
幸いにも、国境沿いの兵たちが掛けられているのは、一般的な暗示だ。ただ、強い。
サムの術で解くことは可能だけれど、如何せん数が多い。
一人では手にあまる。
仲間の術師たちの手を使うことも可能だ。
しかしそれをすると、今度は庸儀の襲撃に障りが出てしまう。
どうしたらいいのか、思いあぐねていると、側近が駆け戻ってきた。
「上将! 今、ちょうど爺さまのほうから連絡が入りました!」
「そうか! こっちから繋ぎが取れるまで時間がかかるところだった。ありがたい!」
大岩を飛び降り、式神の着いた洞穴の入り口まで走った。
ハンスがなにか言うよりも先にサムは今の状況を話した。
話しを終えても式神は黙ったままだ。
「……爺さま? 聞いてるんですか?」
「ん? あぁ、すまんすまん。もちろん聞いておる」
「ジャセンベルへはすぐに連絡が取れますが、国境沿いでヘイトの兵だけに加減をしてもらうなど無理な話しです。なにかいい手はないものかと……」
「サム、例の術にかっているものは何人だと言った?」
「一人ですけど、それは今、考えても仕方がないことでしょう?」
また、式神が黙った。
いいタイミングで連絡をくれたと思ったのに、こちらの問いかけに答えるでもなく思うように話しが進まなくて苛立つ。
なにか言いたいことでもあるのだろうか?
「……解けるよ、それ。時間がないから今すぐ動けるなら、だけど」
すぐにその声が梁瀬のものだとわかった。
それはともかく、今、なんと言った?
「解ける? 国境沿いの兵たちのことですか? そんなことは端からわかっています。ただ数が多いのと強いことが……」
「王族の人がかけられた暗示に決まってるでしょ。あぁ、もちろん国境沿いのほうも解けるけど」
「……あの術は、痣を取り除く以外、解きかたがまるでわからないんですよ?」
「だから、それがわかったんだって言ってるの」
「馬鹿なことを……そんなに簡単にわかるなら、私はなんの苦労もしませんよ」
式神はサムからつと視線を反らし、わずかにうつむいて
「わからないやつだな……」
と呆れた口調で呟いた。
その仕草に、まるで梁瀬と対峙しているような感覚を覚える。
良く見れば式神は爺さまのものではない。
短期間で式神を使えるようになったのか。
おまけにどうやって調べたのか、暗示の解きかたもわかると言う。
梁瀬がどんな人間なのかは知らないけれど、とりあえず力はあるようだ。
嫌でもサムのライバル心が掻き立てられる。
「わかりました……今は時間が惜しい。あなたを信用しましょう。解けると言うならその方法と、まずはなにをすればいいのか仰ってください」
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