第59話 鴇汰 ~鴇汰 2~
「俺も実は敵うとは思ってない」
足を止めずに真っすぐ前を見つめた。
古市はなにも言わずに隣を歩いている。
「だけど俺、約束してんだよな。麻乃を取り戻すってさ。穂高たちと」
「上田隊長と? でもまだ上田隊長は……」
「あぁ。向こうでさ、怪我を治してるときにな……麻乃を本気で取り戻したいなら泉翔へ戻って修治に手を貸してやれ、って言われて。俺、それで戻ってきたんだ」
古市が足を止めた。
振り返ると眉間にシワを寄せ、辛そうな表情でこちらを見ている。
「それは……それって……」
「その先は言うな。まだハッキリしたことはなにもわかってねーんだし」
「でも……」
「それに今年の洗礼じゃ、蓮華の印は出てないんだろ? だから穂高は大丈夫だ。それから俺もな」
複雑そうな表情を見せてから、少しだけ引きつった笑みを浮かべた。
「あんたがそう言うと、本当に大丈夫な気がするから不思議ですよ」
古市はそう言った。
「とにかく俺がやる。俺じゃなきゃ駄目なんだよ。麻乃とも約束があるしな」
「藤川隊長とも?」
「あぁ……大事な話しがあるんだ。帰ったらその続きをしよう、ってな。そう約束したんだよ」
斜面を飛び降り、歩きながらあの日のことを思い出し、指先で唇に触れた。
今はそんな場合ではないのに、頭の中では話しの続きがどう展開していくのかを考えている。
――少しは期待をしてもいいんだろうか?
そんな思いが頭をかすめる。
後ろから追いかけてきた古市が、肩で思いきり背中に体当たりをしてくると、よろけた鴇汰と肩を並べた。
「まったく……こっちは無事でいるのか気を揉んで待ってるってのに。当のあんたは大陸で呑気に楽しい時間を過ごしていたようですねぇ」
「別に楽しくなんか……言ったろ? 向こうじゃずっと追われてて……」
「ま、第一段階が藤川隊長を取り戻すことだとして、第二段階のほうがもっと手強いかもしれないですよ?」
「第二段階? なんだそりゃ?」
「あの人になにかしようとして、七番のやつらが黙ってるはずがないじゃないですか。小坂や杉山はともかく、大石や岡山、矢萩あたりは特にね」
悪戯を思いついたような目で鴇汰の顔を覗き込んできた。
変な心配を少しでも逸らせた気がして思わず笑ってしまう。
「あ~……そいつは確かに手強いな」
「あそこの連中は基準が安部隊長でしょうからね。あの壁を越えるのは難解ですよ?」
「また修治かよ……あいつと俺は違うじゃんか! それに俺、あいつに負けちゃいねーと思うし」
ハッキリそう言いきると古市は思いきり吹き出し、必死に笑いをこらえている。
確かにここで大声を出すのはまずいだろう。
とは言え、古市の態度につい怒鳴りたくなる衝動が湧き立った。
「おまえ、笑い過ぎ。ったく……ホントにムカつくな!」
「いや……そんなつもりじゃ……しかし、あんたって人は……こんなときだってのに、これほど緊張を緩めてくれるんですから、物凄い才能ですよ」
ここまでついてきたのが古市で良かったのかもしれない。
緊張感を緩めてくれたのは鴇汰じゃなく古市のほうだと思う。
これがもし相原だったら、ここへ着くまでにまたひと悶着起こしていただろう。
福島たちの潜む岩場までたどり着き、様子を聞いた。
「今はやつら、呑気に休息をとっているみたいですね。まったく動きませんよ」
「そうか。こっちが動かないと判断したんだろうな」
「明日からのことを考えたら、どっちも今のうちに休んでおきたいところですからね。やつらは船旅をしてきているからなおさらでしょう」
福島の言葉にうなずく。
古市は他の隊員の様子を見ながら、そっちからもいろいろと聞き出している。
岩に腰かけている福島の横に腰を下ろし、小声で聞いた。
「麻乃、見たか?」
福島は一度、鴇汰の目を見つめてから古市に視線を移し、またこちらを向き直した。
「いえ、自分は見てないです。他のやつらもなにも言わないところをみると目にしてないでしょうね」
「そうか……岱胡か茂木からなにか連絡は?」
「そっちもなにも……まだ先陣が出たばかりですし後陣で来るとしたら、誰の目にも触れていないでしょうし」
福島が手もとに置いたライフルに手をかけた。
岱胡からあずかったという麻酔弾が込められたものだ。
もっと緊張していると思ったのに、意外と普段と変わらない様子に見えるのが気になる。
「こっちで探ったんだけどな、どうやらヘイトのやつらは夜明け前に動くらしい」
「夜明け前ですか……微妙な時間帯ですね」
「おまえら、ここで応戦しながら三分の一がルートに入った時点で、こっちの拠点に戻ってくれ」
「三分の一でいいんですか?」
「ああ。残りはこっちの拠点で一緒にたたく。それが済んだら先の拠点へ移動だ」
「わかりました」
「麻乃が現れたら……移動数に限らず、すぐにこっちに戻って知らせてほしい」
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