第13話 再会 ~多香子 3~

 周辺に強い殺気が満ちた。

 男たちもそれを感じたのか怯んでいるのが多香子にもわかる。


「下衆が……その人から手を放せ」


「おまえには関係ないだろう! さっさと消えろ!」


 更に近づいてきた声の主の顔がはっきりと見えた。

 多香子と目が合った瞬間、眉をひそめ、その視線を男に移した。


「――その人になにをした」


「いちいちうるさいやつだな! おまえに用はないと……」


 圧しかかった男が言い終わる前に、ほかの三人が倒れた。

 血の臭いが鼻をつき、倒れた三人が斬られたのだとわかる。


「事によっては見過ごそうと思った……けど……あんたたち……一番してはならないことをしたな!」


「――この!」


 立ち上がった男が剣に手をかけた瞬間、抜き放つ間もなく倒された。

 多香子のほうへ倒れ込んできそうになった男の体に、声の主が体当たりをして横へ反らせた。

 屈み込み、伸ばしてきた手に、手首を掴まれて引き起こされる。


「大丈夫? 怪我はしてない?」


 言いながら体についた土を払い落としてくれる。


「……麻乃ちゃん」


「ひどいことをされていないみたいで良かった……でも頬が赤い……まさか殴られたの? 他にどこか痛む? お腹は……?」


「私は大丈夫だけど……」


「そう……なら良かった」


 殴られた頬を軽く撫でてきた麻乃に、多香子は手を引かれて一緒に立ち上がった。


「このあたりはもう人の気配もないのに、こんなところでなにをしてたの? しかも、こんなに暗くなってから出歩くなんて危ないじゃないか」


「そんなことより良く無事に戻ってくれたわね。本当に良かった……みんな心配していたのよ!」


「心配していた? みんなが? ふうん……そう……」


 嬉しくて抱き寄せたのを、やんわりと引き離された。

 抑揚のない口調に違和感を覚える。

 麻乃はそのまま玄関に向かって歩き出し、その後ろを慌てて追った。


「今までどうしていたの? 今、みんな詰所にいるはずよ。早く顔を見せて安心させてあげて」


「多香子姉さんはそこで待っていて」


 玄関先で麻乃は振り返りもせずにそう言うと、中へ入っていった。

 有無を言わせない雰囲気に、仕方なく持ち出した荷物を抱え、倒れた男たちから離れた場所へ移動した。


 十分ほど待って戻ってきた麻乃の手には、さっき持ち出そうとした二刀が握られている。

 玄関を出た瞬間、麻乃は道場へ続く道のほうへ視線を向け、厳しい表情をした。

 そのまま今度は焼却炉へ向かい、中に火を灯している。


「どうしたの? 早くみんなのところへ……」


「姉さん。あたしは忘れものを取りに来ただけなんだよ。それと……やり残したことを片づけに来たんだ」


「忘れものって……やり残したことって……」


 薪に火が付き、パチパチと木の弾ける音が聞こえる。

 それをジッと見ている麻乃の姿に違和感を覚え、そこで初めて麻乃の風貌が変わっていることに気づいた。


 火を見つめる瞳が、炎を映したのとは明らかに違う紅色をしている。

 髪もこれまでより濃く深い紅だ。

 所々がほつれた濃紺の上着の下には、淡い黄色の軍服を着ている。


(黄色……確かロマジェリカの……)


 つと麻乃の視線が多香子に向いた。


「多香子姉さんだけは、いつもあたしに優しくしてくれたから教えてあげる」


「えっ?」


「西浜は中央……泉の森に避難するんだよね。向こうに着いたら、くれぐれも泉の森から出ないようにしてね。あそこなら他国のやつらは結界があって入れない。あたしが手を出さないかぎり、あの中にさえいれば無事に過ごせるから」


「麻乃ちゃん、一体なにを言ってるの?」


 焼却炉から火のついた薪を一本取り出すと、麻乃はまた玄関前に戻っていき、それを放り投げた。

 火はすぐに強く燃え上がり、黒煙を上げてあっという間に玄関先を包んだ。


「なにを……! 早く消さないと!」


「いいんだよ。もう必要ないんだから。要るものはちゃんとここにある。それより、あたしが言ったこと、忘れずに守ってね」


 刀を掲げてみせると、麻乃は哀しそうな表情で笑った。


「それから……姉さんはきっと、あたしを恨むだろうけど……でもきっといつか、あたしが正しいってことがわかるはずだから。今さら恨まれるのなんてどうってことはないけど……でもいつか……わかってほしいんだ。もう来るから、あたし行くね。姉さんも早く避難しなきゃ駄目だよ。次にあんなやつらに捕まっても、あたし助けてあげられないから」


「――麻乃ちゃん!」


 止める間もなく麻乃は駆け出し、あっという間に暗闇の中に消えてしまった。


(私が麻乃ちゃんを恨むって……どうしてそんなこと……)

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