第4話 安息 ~マドル 4~
「私は今、いささか気分が悪い……貴方たちのおかげでね」
庸儀のものたちはなぜこうも思慮が浅いのか。
ジャセンベルやロマジェリカほどではないにしろ、それなりに戦果は上げているのに、個々を見ていると、考えなしに行動しているようにしか見えない。
こんな連中をまとめ上げていたとは、庸儀の前王はなかなかの
「ここは狭い……とりあえず外へ出ましょう。そうですね……貴方たちが潜んでいた場所まで行きましょうか」
最後に一度、ロッドで強く床をたたき、ドアを開いた。
ゾロゾロと医療室を出ていく兵の後ろにつき、森へ向かう。
真っ暗な中を進み、木立の少ない辺りに来たところで、マドルは兵たちに向かって呟いた。
「貴方たちはこんな夜更けに、人けのない森にやって来て無防備過ぎるのではありませんか?」
ピタリと全員の足が止まる。
「仲間同士だから大丈夫、そう思っているのですか?」
わざと含み笑いを漏らし、ゆっくりと呟くと、兵たちは落ち着かない様子で互いに顔を見合わせている。
「隣に立っているかたは、本当に貴方の仲間でしょうか? ひょっとすると敵兵かもしれませんよ」
迷う思いが伝わってくるほど、兵は動揺している。
何人かは既に腰の剣に手をかけていた。
「あのかたをし損じたのも、そのせいでは? ぼんやりと突っ立っていていいのですか? 先に殺らなければ殺られてしまうかもしれませんね」
中の一人が剣を抜いたのを合図に一斉に抜き放つと、一番近くにいるものに斬り付け始めた。
怯えた目で互いに傷付け合う姿は滑稽だ。
わずかな疑念を植えつけただけで、人の心は簡単に堕ちる。
次々に倒れ、伏していく兵を見ていると、心の澱が消えていく気がした。
さっきは感情に任せて、危うく迂闊な行為をしてしまうところだった。
マドル自身の中にあんなにも抑え切れない思いが満ちたのは、ずいぶんと久しぶりのことだ。
そんな感傷とは、もう無縁だと思っていたのに……。
庸儀の兵はいつの間にか二人だけになり、最後は相打ちで倒れた。
一人でも残ってしまったら、自分の手を汚さなければならないと思っていたけれど、うまく片づいてくれたものだ。
こんな兵たちでも泉翔侵攻のときには、少しは泉翔の戦士を減らしてくれたかもしれないのに、ジェは本当に余計な真似をしてくれる。
それでも、どうしようもないほど苛立っていた思いが鎮まったぶんは、役には立ってくれたと言えるか……。
軍部に戻り、その場にいた側近たちに後始末を頼んだ。
部屋へ戻り、本を数冊選んで手にすると、また麻乃の部屋へ向かった。
ノックをしてから中へ入ると、女官はもう麻乃の着替えを済ませ、今は濡れたタオルで顔を拭ってやっている。
「様子はいかがですか?」
「はい、小さな痣が幾つかありましたけれど、怪我はどこにも見当たりませんでした」
「そうですか、それは良かった」
「ですが、まだ意識が戻らなくて、頭を打たれているようなことは……」
意識が戻らないのは当然だ。
マドルが術を解くまでは覚めることはない。
それにしてもずいぶんと良く効いているようだ。
「それは大丈夫でしょう。とり急ぎ水を用意していただけますか」
「わかりました」
女官が出ていったあと、ベッドに寝ている麻乃の横へ腰を下ろした。
腕を取って袖をまくり上げる。
(何度見ても奇妙な形だ……)
なにかの花にも似ている。
これまで繋ぎを付けたものの痣がこんなふうに変わったことはなかった。
なぜ麻乃のものだけがこうなったのだろうか。
そっと耳もとに唇を寄せ、小さく呟く。
「目を覚ましなさい」
指先がピクリと動き、眉間にシワを寄せてから薄くまぶたが開いた。
次の瞬間、麻乃は勢い良く跳ね起きると、部屋中に視線を廻らせた。
「あたし……ここは……」
「そんなに急に起き上がっては、体に良くないでしょう?」
「確か裏の森で……」
術をかける直前のことは記憶に残っていないようだ。
「女官から話しは聞いています」
「そうだ! 彼女は……」
女官の姿を探して麻乃はまた視線を移す。
両手で包み込むように麻乃の手を握った。
「無事ですよ。怪我もありませんでした。今は水を汲みに行って席を外しているだけです」
「そうか……良かった……」
安心したのか、空いた手で額を押さえて深く溜息をもらした。
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