第187話 迫り来る時 ~修治 1~

 西浜に戻ってきてすぐに、まずはルート沿いと演習場のチェックを済ませた。

 柳堀や居住区の農夫たちが手を貸してくれ、拠点にする場所もすぐにできあがった。


 もともと修治の出身場所だけあって連携はほかの浜よりうまく取れているせいか、なにもかもが順調に進み、岱胡の隊員と合流したときには、それぞれがルートと拠点の位置を頭にたたき込めば済む状態になっていた。


 岱胡の提案だと言って茂木から麻酔弾の話しを聞いたときは、少しばかりためらいを感じたけれど、もしもそれが通用するなら麻乃を取り戻すことも難しくないかもしれない、そうも思う。


 けれどこればかりは、実際に対峙してみないことにはなんとも答え難い。

 念のため、麻乃の姿を目にしたときには対応してくれるように頼んでおいた。

 中央では加賀野が先頭に立ち、神殿と城内に働きかけ、なんとか籠城は解かれたようだった。


 手間がかかり過ぎて予定が大幅に狂ったと連絡が入ったものの、中央は中央で様々な準備が既に終わりに近づいているようだ。


 上層のやりかたに疑問を持った建設と修繕担当のものたちが、密やかにやり取りをしていたようで、泉の森周辺には突貫で避難所の建設が済んだと聞いた。


 西区と中央、北区の一部からは泉の森へ、北区の残りと南区からは東区へ、少しずつ印のないものたちの避難も始まった。

 三日目の夕方には西区のほとんどの者が中央へ移っていた。

 四日目の朝、詰所に房枝が訪ねてきた。


「どうしたんだよ? こんなところまで来るなんて。もう中央へ移動しないと……早けりゃあさってには敵兵が上陸してくるかもしれないってのに」


「多香ちゃんが、どうしても夜まで残りたいって頑張ってるんだよ、用事があるんだって言ってねぇ……あんた、なにか聞いているかい?」


「多香子が……? いや、なにも聞いてないな」


「そうかい。困ったねぇ……高田さんが今夜に、って仰っていたからそれに合わせるつもりなのかねぇ?」


「そうは言っても俺もさすがに今度ばかりは送っていくこともできないし……しかも夜に発つなんて本当に時間に限りがあり過ぎる」


 こんなにギリギリになって余計な問題が出てくるとは思わなかった。

 てっきり昨夜の内に移動しているものだとばかり思っていたのに。


 それに、用事というのも一体なんだというのか気になる。

 避難が決まってから今日までのあいだに済ませることができなかったんだろうか。


「こういうことに関しては、わがままなんてちっとも言わない多香ちゃんが、今度ばかりは頑張ってるからね。でもねぇ、夜までじゃ私も不安でね」


「俺が顔を出せるのも夕方になっちまうけど、道場のほうへ行ってみる。お袋はすぐに出発できるように準備だけは済ませておいてくれよ」


「準備はもう済んでるんだよ。あとは高田さんの荷物くらいかね。あんたにも手間をかけさせるけど、ちょっと説得してみてちょうだい」


「あぁ、わかってる」


 詰所を出ていく房枝を見送ってから、一度、海岸の様子を見に出かけた。

 監視塔へ寄って変わりはないかたずねてみた。


「今のところは海上にはなんの変化もないんですけど、雲が出てきているんですよ。雨になると確認できる距離が狭まるので、ちょっと厄介ですね」


「そうか……今日はともかく、明日以降は特に注意をしてほしいんだけどな。こればかりは自然の問題だから仕方ないか」


「こちらもできるかぎり早く情報を回せるようにします。天候情報も含めてね」


「頼む。雨になると厄介だからな。それから船体を確認次第、速やかにここから避難してくれ。ルートはこの間言ったとおり、演習場を回ってくれればいいから」


「わかってます。足手まといにはなりたくないですから」


 監視隊の中には女性も多い。

 軍部に属してはいても、戦士と違って戦うための訓練はしていないからか、印の出ないもののほうが多かった。

 取り急ぎ敵艦の姿を確認したあと、避難組と合流組にわかれて監視塔は捨てることになる。


 以前はいろいろな資料やわずかながらも確保してあった資材も、すべて移動や破棄をされ、今は建物全体ががらんとしている。

 今日、明日のこちらの予定を伝え、監視塔を離れて今度は海岸へ出た。

 海岸沿いの堤防が崩れたあたりで修繕を指揮している、隊で一番古株の川崎に声をかける。


「なにか変わったことは?」


「今は特にありませんね。ただ、やっぱり堤防がかなり古くなっていましたから、修繕には今夜一杯、かかりそうですよ」


「そうか……本当ならもっと早くに気づくべきだったんだろうな」


「そうは言っても普段の防衛戦じゃ、ここに入り込ませることなんて皆無なんですから。今回、気づいただけでも儲けものでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る