評定
第166話 評定 ~鴇汰 1~
会議室に戻ってくると残って資料を読みふけっていた岱胡に、柳堀での買い物を頼んだ。
鴇汰が出かけることで、麻乃を置いて一人で戻ってきたと大騒ぎになるのが目に見えるからだ。
買い物が済んだら宿舎のほうへ戻ってくるように言い含めて、出かけていくのを見送り、宿舎で移動の準備をしている隊員の元へ向かった。
コツコツとノックをすると、中から返事が聞こえ、ドアを開けて部屋を覗くと、奥の部屋で荷作りをしている背中に声をかけた。
「相原、ちょっといいか?」
「どうしました?」
「今夜のうちに移動するように言ったろ?」
「ええ、なにか問題でもあったんですか?」
相原は荷作りをしている手を止め、冷蔵庫から冷えたコーヒーを出して紙コップに注いだ。
そのまま椅子に腰かけ、中に入って座るようにと勧めてきた。
「問題じゃなくって、頼みがあるんだけどさ」
向かいの椅子に腰を下ろし、受け取ったコーヒーに口を付けた。
「隊をまとめておけ、って話しなら、さっき聞きましたけど」
「うん。それもそうだけど、詰所に着いたら北演習場のチェックをしておいてほしいのよ」
「演習場を?」
相原は古株の中でも一番年上で頼りになる。
鴇汰が隊を持ってからずっと、一番身近にいて助言や意見をしてくれ、信頼もできる。
さっき、修治と話したことを相原にも聞かせた。
「なるほど、それは確かに隊長のいうとおりかもしれないですね」
「やつらが物資狙ってくるのは絶対だと思うし、それに……海岸で無駄に負傷者を出したくないじゃんか。今回はきっと、これまでにない規模の戦争になるだろうしな」
「進軍してるところを分断させて、後ろからつぶしていくというのは、地の利があるこっちには有利ですからね」
「ああ。それに物資が手に入らなきゃ、やつらきっと焦って隙ができるだろ? そうしたらたたきやすくなる」
「わかりました。じゃあ隊長がこっちに来るまでに、拠点の構えられそうな場所を数カ所、道沿いを中心に探しておきます」
立ち上がり、飲み終えた紙コップをほかのゴミと一緒にまとめ、相原は鴇汰を振り返るとそう言ってほほ笑んだ。
「それと、こいつはおまえに渡しておくから、こっちも目を通しておいてくれ」
「なんです?」
「予備隊と訓練生の資料だってよ。みんなのぶんは今夜もらうけど、先に見ておいたほうがいいだろ?」
「そうですね。助かります」
詰所で修治から受け取った資料を渡した。
岱胡が戻ってくるまでには、鴇汰は部屋に戻らなければならないし、相原たちはこれから出かけるのだから、長居はできない。
けれど、先に言っておかなければならないことがある。
それもあって、この部屋を訪ねた。
「今度のことでさ、おまえらには面倒をかけるし、嫌な思いもさせてホントにすまないと思ってる」
「私らは別にどうとも思いませんけどね。これでも一応、隊長のことはわかっているつもりですよ」
「いや、俺のことは今回はどうでもいいんだよ。なんつーかさ、俺のせいで七番のやつらとぎくしゃくすることになるだろうし……」
「あそことうちはうまくやってますよ。小坂とは同じ南区出身ですしね。ほかのやつらだって同じです。あそこの古株連中が嫌がってるのは、あなただけですから」
「――俺だけ?」
「そりゃあそうでしょう? 自分たちの一番大事なものをかすめ取っていきそうな相手なんですから」
「良く思われてないのは気づいてたけど、かすめ取ってって……そもそも俺なんか、相手にされてないじゃんか……それを言うなら一番嫌われるのは修治だろうが」
誰に言うともなしに、愚痴がこぼれた。
手際良く片づけを済ませ、荷物を机に置いたあと、相原は腰に手を当てた格好で溜息交じりに笑った。
「こっちのことは気にしなくても大丈夫ですから、今は余計なことを考えずに、目の前のことに集中してくださいよ。やられるわけにはいかないでしょう?」
「ん……あぁ。そうだよな。とりあえず明日はなるべく早めにそっちに向かうからさ、向こうでの準備を頼むわ」
「わかってます。ホラ、もっとシャンとしてください。一部隊の隊長ともあろう人が、なんて格好ですか」
力強く背中をたたかれ、ここへ戻ってきてから自分が変に小さくなっていると思いしらされた。
うつむいてばかりだ。
背を正して相原の部屋をあとにした。
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