第164話 陰陽 ~鴇汰 1~
鳥のさえずりが会議室に響き、鴇汰は窓の外へ目を向けた。
外灯に若草色の鳥の姿か見え、クロムのことを思い出した。
「しまった! 忘れてた!」
あわてて会議室を飛び出すと廊下を走り抜け、玄関の扉を開けた。
周囲を見渡すと、誰かの車の屋根にクロムの鳥がとまっているのが目に入り、駆け寄った。
「悪い。俺、すっかり忘れてた。今、どこにいるのよ? まだ中央なのか?」
「いや、昨夜のうちに移動してね、今はこの西区にいるよ。これから古い友人を何人か訪ねるからね、その前にキミに知らせておこうと思ったんだ」
「なんだ。ここに来てんなら式神なんて使わないで、直にくりゃあいいじゃんか」
「そうもいかないだろう? こんなときに……」
どうやら中央で今の泉翔の状態を聞いてきたようだ。
見かけないロマジェリカ人がいることで、変な騒ぎを起こしたくないんだと言う。
泉翔の中には鴇汰を含めて混血ゆえに、外見が泉翔人ではない人が多数いる。
それでも広くはないこの島で、自分が知らなくても、誰かしら知っている人がいるのが普通だ。
「だから俺はいつも言ったじゃんか。泉翔に住んでろ、ってさ」
「今はそんなことはどうでもいいじゃないか……それより昨夜は大丈夫だったのか?」
「ん……船にいたのは俺の仲間だった。ジャセンベルとヘイト人もいたんだ」
月島であったことを、簡単にクロムに話した。
そこにクロムがいたらそうしたかのように、鳥は話しを聞きながら首を傾げたりしている。
「――例の文献のことも、ジャセンベルにはロマジェリカよりももっと古いヤツが残ってたみたいでさ、そいつを聞かされた」
「ははぁ……そうか。あそこの国も決まった血筋が現れるから、やはり今回も関わってくるか……まぁ、そっちも手は打ってあるから問題はないだろう……」
「やつら、この隙に大陸の統一を狙うってよ。こっちで三国を足止めしろなんて、都合のいいことを言いやがってさ、マジでムカついたぜ」
まるで笑うかのように鳥がさえずった。
思わずそれにイラッとして、腕を組んで大きく息を吐いた。
「叔父貴の言ってた大陸が大きく変わるってのは、このことなのか?」
「そうだなぁ……それが始まりになることは間違いない。でも、まず鴇汰くんたちがどこまでやれるか……それ次第だね」
「またそうやって、あやふやな言いかたかよ? もういい加減わかってることを全部言えばいいじゃんか」
「そうは言ってもねぇ……」
クロムは弱りきった口調で話しを始めた。
いろいろな手段で様々な場所から情報を得ても、迂闊にそれを口にするのは良くないと言う。
あくまで当事者が自分たちの頭で考え、意見を出し合い、どうするのかを決めることが大事だと。
クロムが流した情報一つで、物事の判断を誤り、間違った方向へ向かわざるを得ない事態に陥るのは良くない。
「どうしたって、情報を語る際には自分の意見も交じってしまう。私は預言者じゃないんだからね、周囲を左右するような迂闊なことは言えないよ」
ただ、確実にわかっていて揺るぎようのないことだけは、信頼できる相手にのみ伝える場合もあると言う。
行き詰ったときや避けようのない事態に対面したときの判断材料になればいい、そういうことらしい。
「だから私はキミに、彼女のことも三国の出兵のことも話しただろう? でも言えるのはそこまでだ。だからどうしろ、なんてことを安易に口には出せないからね」
「うん……まぁ、それはわかるかな……自分で決めろっていうんだろ? でもなぁ……」
今は穂高がいない。
ほかのみんなもそうだ。
岱胡は安心して背中を預けられても進んで前に出るタイプとは違う。
修治は――。
これまで互いに認め合ったことなんてなかった。
なにより、いつも麻乃のそばにいるのが目障りでならなかったし、言い合いになっても、大抵は修治のいうことが正しくて、鴇汰は駄々をこねているだけだとわかっていた。
鴇汰の考えたことがまるで見当違いで、修治のやつに鼻で笑われてしまうんじゃないかと不安になる。
修治の前に出ると、どうにも自信が持てなくて、ついなんでも口に出しては聞いている状態だ。
意外にも今のところ、どうやら修治は鴇汰を認めてくれているらしいとわかってホッとしているけれど……。
(わかっている情報を全部得て見えているレールに乗っかって突き進めばいいんじゃないか?)
そう思った途端、見透かしたようなクロムの冷たい一言が放たれた。
「鴇汰くん、その頭はなんのために付いてるんだ? 楽なほうばかりを選ぼうとするものじゃない」
「あーっ! ったく! わかってるよっ!」
頭を掻きむしって顔を上げたとき、いつからいたのか、玄関の前に立っている修治と目が合った。
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