第161話 陰陽 ~修治 4~

 夕飯の支度がまだ残っているからと、多香子は調理場へ戻っていった。

 それを見送っていると、房枝に呼ばれて裏口に出た。


「なんだよ? これから先生に話しがあって、これでも急いでるんだぞ」


「――麻乃になにかあったね?」


「いや。なにも……」


「嘘をいうんじゃないよ。何年あんたたちの親をやってると思ってるの? 父さんや幸治たちまでなにか隠している。私がなにも気づかないと思っているなら大間違いだよ」


 昔からそうだった。

 なにをしても母親にだけは見透かされる。

 麻乃とのことに最初に気づいたのも房枝だった。


「麻乃のやつ、大陸で覚醒した。戻ってこないのもそのせいだ。今は、それしか言えない」


 ぶっきらぼうにそう答えると、房枝は哀しそうな顔でやっぱりそうかい、と呟いた。


「近く……近隣の女、子ども、それから病人や老人に避難の勧告が出る。西区は泉の森だろうと思うが、お袋、そのときは多香子のことを頼む」


「そりゃあもちろんわかってるよ。けど麻乃は大丈夫なんだろうね? あの子になにかあったら、私も父さんも麻美と隆紀に顔向けができないよ」


「大丈夫に決まってるだろう? このときのために昔からずっと、先生とともにいろいろと決めてきたんじゃないか」


 くれぐれも多香子には黙っているようにと、念を押してから高田の元に向かった。

 部屋の前まで来ると、中から笑い声が響いてきた。

 来客中だったのだろうか?

 それにしては多香子も房枝も、なにも言っていなかった。


「先生、修治です」


 襖の前で正座をすると、まず声をかけてみた。

 笑い声がピタリと止まった。


「入れ」


 返事が聞こえ、緊張しながら襖を開けた。

 中には細身の男性が一人、高田と向かい合わせに腰を下ろしている。


「それでは、今日はこれで……」


「ああ、笠原さんによろしく伝えてくれ」


 その男性は立ち上がると、こちらに目を向け、ニッコリと笑ってから部屋を出ていった。


(笠原……梁瀬の実家か?)


 つい、視線がその背中を追った。

 どこかで会ったのだろうか?

 見覚えがあるような気がする。


「どうした? 打ち合わせは夜だぞ? ずいぶんと早いじゃないか」


 高田の声に我に帰り、部屋に入ると襖を閉めて、さっきまで男性のいた場所に正座をした。


「はい、その前にいくつか話しておきたいことがあって……まさか来客中だとは思わなくて……お邪魔してしまったでしょうか?」


「いや。大丈夫だ。話しというのはサツキさまの件か?」


「ええ、それもそうなんですが、麻乃のことで……詳細は夜に改めて報告しますが、麻乃が覚醒しました」


 高田は黙ったままでうなずいた。

 もっと驚くかと思っていたのに、やはり予感があったからだろうか。

 あまりにも冷静なのが意外だった。


 さすがにレイファーたちと密会したことは話せなくて、代わりに鴇汰が叔父から聞いてきた内容だけを伝えた。

 鴇汰が鬼灯と黒玉を持って戻ってきたことを話しても微動だにしない。


「先生、俺はあいつが西浜から上陸して、炎魔刀を取りに来ると確信しています」


「うむ、そうだな……あれにとって炎魔刀は特別だ。覚醒した今、ようやく抜けると思っているだろう」


「俺は西浜に詰めてあいつを迎え撃つつもりでいます。ただ、長田が麻乃に固執しています。あいつは今、北浜に詰めると言っていますが、麻乃の西浜上陸に確証があると知ったら、必ず西浜に詰めると言い出すでしょう。ただでさえ時間がないのに、揉めているわけには行きません」


 高田は腕を組んで窓の外へ目を向けると、小さく唸った。


「なるほど、今夜の打ち合わせでは、この話題を登らせないほうが良さそうだな」


「はい、是非そうして頂きたくて、お願いに上がりました。それからサツキさまの件ですが」


「小坂から話しは聞いたが、難しいぞ。おまえもわかっているだろう?」


「ええ……実は長田の持ち帰った黒玉ですが、夢の中でシタラさまがサツキさまにそれを渡すようにと言ったそうで、どうしてもそれをかなえたいようです。俺もそこに、なにか意味があるような気がします」


「夢で、か……なるほどな。時間をかけるわけにも行かないだろう、そちらは今夜のうちに動いてもらえるよう手を打っておこう」


「はい、お願いします」


 ――なにか腑に落ちない。

 いくら予測していたとは言え、麻乃が覚醒したとハッキリわかっても驚きもしない。

 サツキだけを呼び出すのは難しいと言いながら、今夜のうちには手が打てると言う。


(先生はもしかすると、どこからか情報を得ているのか――?)


 修治の中でそんな疑問が浮かんだ。

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