第158話 陰陽 ~修治 1~

 修治は周防の孫、壮介にお礼を言い、玄関を出て帰っていくのを見送った。


『あいつ、なにをされたのかわかんねーけど、覚醒しちまったんだよ』


 鴇汰がそう言ったのを思い出していた。

 ロマジェリカの妙な暗示にかかっているのなら、恐らく麻乃が見たくないものでも見せられたのだろう。


 出航したときの状態のままなら大して気にならないことでも、夜光が闇に沈めるというのなら、抜き放った時点でアウトだ。

 マドルとかいうやつはなにも知らなくても、勝手に夜光の効果があらわれて思う以上にたやすく堕ちたに違いない。


 ただ、そのあとが良くわからない。

 悪いほうに覚醒したとして、ロマジェリカに加担するほどのなにを見せられたというのか。

 どうやってなだめすかしているのか知らないが、麻乃が大人しく従ってるふうなのが気に入らない。


 反同盟派の軍勢を減らし、この泉翔をつぶすために動いているんだとしたら、マドルは今頃、ほくそ笑んでいることだろう。


 それに――。


 覚醒したという麻乃の姿を一度も見ていないのも不満だ。

 髪の色に関しては、ジェを目にしているだけに、ある程度の想像はつく。けれど瞳は……?

 そして、その腕前のほどは、修治自身とどれだけ違うのか。


(やっぱりあのとき、無理を押してもロマジェリカへ向かうべきだったんだろうか?)


 こんなにも急にことが動きだし、なにをするにもどこか迷いが生じる。

 相談をしようにも、その相手となるべき仲間が今はいない。


 強引に推し進めるのに賛同してくれる徳丸も、一呼吸おいて冷静に判断してくれる巧も、迷いが生じたときにさり気なく道を指し示してくれる梁瀬も、いちいち突っかかってくる鴇汰をなだめ、修治に合わせてくれる穂高も、未だ戻ってこない。


『麻乃を本気で助けたいなら、泉翔に戻れって。戻ってあんたに手を貸してやれって。あいつらみんな、そう言ったんだよ』


 鴇汰の夢で、やつらはそう言ったという。

 庸儀の船だけが、まだ戻っていない。

 それに乗っていてほしいと思う反面、また空のような気もする。

 どうにもやり切れなくて、両手で顔を拭うと、空を仰いだ。

 どんよりとした雲が、凄いスピードで流れているのを見ていると、背後に気配を感じた。


「なにしてんのよ?」


「なんだ、もう話しは済んだのか?」


 振り返って鴇汰と向き合った。


「ああ、あんたのおかげで本当に助かった。俺のところは、今夜のために古株を三人残して、残りはすぐに北区へ向かわせようと思う」


「俺はなにもしてないさ。それより鬼灯な。あのまま持っていても問題ないそうだ」


 ホッと緩んだ鴇汰の顔を見て、つい修治も表情が緩む。

 どれほどの兵が上陸してくるかはわからない。

 これまでにないほどだとしたら、浜で防ぐのは難しいだろう。


 どこまで侵入を許すことになってしまうのか。

 各浜での被害はどれくらいになるのかも想像がつかない。

 麻乃のことを考えると、北浜で鴇汰が倒れるような事態になってほしくはない、そう思った。


「俺さ、思うんだけど、どれだけの兵が来るのか想像つかないじゃんか?」


「あぁ、そうだな」


「でな、いつもみたいに堤防で防ぐのは難しいと思うのよ」


「それは俺も感じている。今回ばかりは、侵入されちまうだろうな」


 鴇汰が同じ不安を抱えているとは思わなかった。

 同じ気持ちなのか、鴇汰もなんとも判断し難い表情をしている。


「そうなるとやつら必ず、詰所や倉庫、監視塔、西区なら砦もそうか……そこを狙ってくると思うわけよ」


「そりゃあな。それが常套手段だろ?」


「それだけじゃない、やつらは物資に事欠いてる。なにしろ向こうを出港してくるのが遅れるとしたら、そのせいだろう、ってくらいだからな」


 そう言えば、鴇汰が五日以内に同盟三国が動くと言ったとき、サムは物資が集まるはずがないと驚いていた。


「あいつら、ここで物資調達をするつもりでいると思うのよ」


「なるほど……最小限の物資だけでやって来て、あとはうちから奪うつもりか……」


 相当な数を迎え撃つために、各浜とも物資は十分過ぎるほど準備してある。

 それを奪われて自国の資材で命を落とすのは真っ平ごめんだし、そもそも黙ってくれてやるつもりもない。


「三国のやつらが焦って出てくるのは、あんたと岱胡を取り逃がしたからだ。防衛が強固にされないうちに襲撃しようって魂胆だろうな」


「うちは資源が豊かだ、とりあえず渡ってくればどうにかなる、ってことか。となると……」


「浜は捨てないか? 大して広くもない海岸での乱戦は、悪戯にこっちの危険が増すだけだと思うんだ」

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