陰陽

第157話 陰陽 ~岱胡 1~

 コツコツとノックが聞こえ、鴇汰が戻って来たのかと思い、全員が沈黙した。

 入ってきたのは矢萩で、後ろに周防のお孫さんが一緒だった。


「初めまして、周防壮介と申します。今日はうちになにか……?」


 修治も自分の名を名乗ってから椅子を勧め、腰を下ろしたのを確認してからその前に鬼灯を置いた。


「突然に呼び出してすみません、実はこいつを……修繕が必要かどうか、見ていただきたいんです」


「これは……鞘はどうされたんですか?」


「鞘は恐らく、藤川が持っていると思います」


「ははぁ……なるほど……藤川さんはまだ、お戻りではない?」


 周防の孫、壮介の問いかけに、修治は黙ってうなずいている。


「となると、お持ちになっているのは夜光だけですね? それはいささか問題かもしれません」


「問題、ですか?」


「鬼灯は癖があります」


 壮介はそう言ってわずかに笑うと、鬼灯と夜光について話しを始めた。

 鬼灯には素材に紅石が使われ、夜光は泉の森の奥で見つけた黒い鉱石を使ったと言う。

 初めて使う素材のせいか、陰陽のハッキリわかれた刀に仕上がったそうだ。


「自分が未熟だったことが原因でもあります。爺さまには、単体では人には売れないと言われてしまいました」


 対であるならば、あるいは扱えるものがいるかもしれない。

 ただ、それも稀なことだろうと。


「そのときに、初めて藤川さんの名前を伺いました。爺さまは、あのかたなら扱えるかもしれないと……もしもあのかたが夜光を選んだときには、必ず鬼灯も持たせるようにと、そう言いました」


 どちらも細工も凝っていて人目は惹く。

 飾りとして店内に置くと思ったとおり訪れるものは、一度はそれをじっくり眺めたと言う。

 けれど欲するものはこれまで一人しか現れなかったそうだ。


「それが麻乃か――」


「ええ、私もまさか本当に爺さまのいったとおり、藤川さんが選ぶとは思わなかった。しかも夜光も鬼灯も、藤川さんを気に入ったようでした」


 そう言えば豊穣に出る前に、刀を届けに来たところに岱胡も一緒にいた。

 あのとき、確かに鬼灯が急かして早く仕上がったんだ、と言っていたっけ。


「それで、それのどこが問題なんスか?」


 あの日のことを思い出しながら、岱胡はそう聞いた。


「鬼灯は自己主張が強いでしょう? ですから問題児扱いをされやすい……確かにそのとおりではあるんですが、本当の問題児は、実は夜光のほうなんです」


「夜光が? 俺は夜光には触れたことがないからわからないけれど、高田先生は両方に触れ、鬼灯のほうを……」


 壮介は大きくうなずいて鬼灯を机に戻し、姿勢を正してから修治を見つめた。


「あなたや高田さんの場合は、陽が強い。夜光の影響はないでしょう。ですが藤川さんは違う」


 女性であるがゆえ、その血筋ゆえに陰の部分が深いのではないかと言う。

 岱胡はチラリと修治の横顔を見た。

 なにか思い当るのか、難しい表情をしている。


 確かに岱胡の目から見ても、麻乃は戦いの場や腕試しのときや剣術以外には、てんで自分に自信がないようだ。

 いつか麻乃の人気の話しをしたときにも信じられないと言った顔をしていた。


 鬼神の血筋だということを知っているものからは、一目置かれることも、疎まれることもあるだろう。

 女性特有の変な勘で向き合う相手のそんな思いも、普通の人以上に感じ取っているのかもしれない。


「鬼灯は人を急かし、その持てる以上の力を引き出そうとします。ですが夜光は陰が強いぶん、人を闇に沈める。深い部分を揺り動かして、根底にある力を引き摺り出そうとします」


 だからこそ、二刀は対で持っていてほしかった。

 夜光が強まっても鬼灯がそれを止めて引き戻してくれる。

 その逆もまたしかり。

 それぞれが相殺し合ってちょうどいい、そう言った。


「ですから、あのかたが夜光だけを持っているのは、いささか心配です。問題だと言ったのはそういう意味です」


 見れば修治だけじゃなく小坂も顔を強張らせている。

 長く麻乃のそばにいるぶん、その気質を良く知っているからだろう。


「さて……こいつですけれど、どうやら修繕の必要はなさそうです。ですが、鞘がないんでしたね? これはどうやって?」


「あ……そいつはうちの長田が革袋に入れて持ち帰ってきました。他国の剣と幾度か交えたものですから、欠けやブレがあるかもしれないと思ったんです」


「そうですか。本来でしたらお預かりして代わりのものをお渡しするんですが、どうやらこいつは、それじゃ納得しなさそうです」


「納得しない?」


「ええ。ずいぶんとやる気を感じます。このまま、その革袋でお持ちになっていただいて問題はないと、長田さんに伝えてください」


 壮介はそう言って立ち上がると、頭を深々と下げて部屋を出ていった。

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