第144話 双紅 ~マドル 9~

 翌日、指定の時間よりも早く集まっていた庸儀軍の兵士たちと、早速、泉翔侵攻の際の詳細を決めた。

 麻乃が西浜から上陸すると言ったから、ロマジェリカの西側上陸は確定だ。


 マドルはジェを見張るために、共に行動するつもりでいる。

 麻乃に対して南側から入ると言った手前、庸儀は南側に振りわけなければならない。

 船と兵の数を割り振り、上陸前の停泊ポイントと侵攻開始の時間を決めた。


「このポイントからだと、泉翔の南浜まではそう時間はかかりません、時間になり次第、一気に攻め込んでください」


「三カ所から一斉に、となると泉翔側の兵力はかなり分散されるとみていいのでしょうか?」


「いえ……以前にジャセンベルの侵攻に合わせて攻め込んだことがありますが、そのときも兵数は少ないとはいえ、やはり防衛力はかなりのものでした」


「では、分散されても兵力自体は、さほど衰えないということですか?」


 ため息を漏らしざわめいた庸儀軍を、手で制して鎮めた。


「ですが、これまで以上に強力になるとは思えません。こちらが今までと違って総力を挙げてかかるぶん、間違いなく浜を突破して堤防を越えられます」


「なるほど、それもそうですね……」


 ホッとした顔をしている上将に、堤防を越えてから先陣をできるだけ早く先に進ませ、銃を持つものを従えて拠点を抑えるように指示をした。


「なにしろ、私たちの物資はもともと少ない。そのうえ、持ち出しにも限りがあります、足りない物資はあちらからいただきます」


「では、こちらの準備する物資はもう十分だと?」


「今、用意できているのはどの程度でしょう?」


 庸儀の雑兵が手にした書類を配った。

 見ると、まだ必要とする物資の半分にも満たない。

 確かに庸儀もロマジェリカも、資源の枯渇で収集がし難いとはいえ、それでもロマジェリカは割り当て分の準備まで、あと数日だ。


「半数以下ですか……? さすがにこれでは状況が厳し過ぎます」


「しかし泉翔で調達ができるならば、問題はないでしょう?」


 庸儀軍の上将はあっけらかんとして笑って答える。


「これは問題です。泉翔でどれほどの物資を奪えるかがわかっていない。やっと上陸したところで手持ちが足りずに足止めを食えば狙い撃ちされてしまうでしょう」


 あまりにも楽天的で危機感のない庸儀の兵たちに、苛立ちを感じながら厳しい口調でそう言いきった。

 初歩の段階でつまずくなど許されないのだ。

 庸儀は大陸に残る兵は上級のものが多い。

 察するに、ある程度の物資は置いていくように言われているのだろう。


「ここでジャセンベルを相手にするのであれば、我がロマジェリカやヘイトから物資を流すことも可能ですが、海の上ではそうもいきません、早急に、今からでも残りのぶんを必ず用意してください」


 渋々と返事をした庸儀の上将たちは、重い腰をあげると調達に向かった。

 それを見届けてから今度は雑兵を集め、点検を済ませて準備を整えた船に、荷物の積み込みを指示した。

  

「……まさかとは思いますが、船の点検も済んでいないとはいいませんよね?」


「それは大丈夫です。あと一隻、少し修繕が必要ですが、残りは今すぐにでも出航できるほどです」


 その答えを聞いてホッとした。

 出航までも危ぶまれるようでは話しにならない。

 総兵数が減るほどに、殲滅が難しくなるのは当たり前のことなのに、なぜあんなにも楽観していられるのか。


 軍部の奥の部屋からジェの怒鳴り声が聞こえてきた。

 その声に、ほとんどの上将と雑兵が顔をあげて、ドアを振り返っている。

 思った以上にジェの存在は、この軍の中で大きいらしい。


 こうした作戦の下準備に、ジェが出てくることは少ない。

 実際に動く段階になって、ジェの好きな場所へ好きなだけ兵を率いて仕掛けにいく。それでうまくいっていた事が不思議だ。


(今、ここに麻乃を連れてきて仕切らせたら、一体、兵たちはどう思うのか……)


 期待以上の働きをしてくれるだろうことは、見なくてもわかる。

 失敗のできない作戦でなければ、試しに麻乃に庸儀の兵をつけてみるところだ。


 雑兵に案内をさせ、船の状態を確認しに出かけると、兵たちの様子をみた。

 確かに戦艦が一隻、修繕をしている以外はなんの心配もなさそうだ。

 兵の健康状態も悪くはないらしい。


 ぐるりと見て回ったあと、また会議室へ戻り、今度は上陸してから城を落とすまでの進軍ルートを決めた。

 島自体に、大きな道は少ないようで、一番大きな通りを進むのが早道らしい。

 マドルが老婆を使って移動したときもそうだったし、ジェの持ち出した地図も同じルートを指し示している。

 迷うまでもなく、それで確定だった。

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