第139話 双紅 ~マドル 4~
少し考えてから、やはり女官も一緒につき添わせることにした。
軍の人間ではないものもつけておけば、そうそう無茶な真似はしないだろう。
段取りだけを決めてから、仮眠を取るために奥の部屋に戻った。
しばらくすると、部屋の外から大声や物音が響いてきた。
いつの間にか夜は明け、窓から射し込む光が部屋中を明るくしている。
どうやら数時間ほど眠れたようで、頭はすっきりと冴えている。
ただ、体がまだ少しだけ重い気がしてソファにもたれたまま、また目を閉じた。
なにかをたたきつけたのかと思うほどの勢いで部屋のドアが開き、仕方なく目を開くと大きくため息をついた。
「どうかしたのですか?」
外の騒ぎが聞こえた時点で、ジェがきたのだろうと容易に想像ができた。
ドアの前で立ち尽くしたままのジェに、そう問いかけると探るように部屋中に視線を巡らせ、マドルを睨む。
「別に。あんたがいなくなっていたから探していただけだよ」
あれだけの騒ぎようだ、詰まるところ、ここに麻乃がきていることを勘繰ったのだろう。
(思慮の浅い人だ……)
そう思いながら、だるさの抜けきっていない体を起こした。
「今日、昼前にはここを発って、まずは庸儀へ向かおうと思い、その準備をしていたんですよ」
あぁ、そう、といって一瞬ホッとした表情を見せたすぐあと、ハッとしたように顔をあげ、きつい視線をマドルに向けた。
「あんた、あの女も連れていこうってんじゃないだろうね?」
「まさか……戦争をするわけでもないのに、あのかたを庸儀に連れていったところで、今はなんのメリットもありませんよ」
「フン、戦争があったって同じことさ。あんな女、どこに連れていこうと役に立つことなんかありやしないよ」
剥き出しの対抗心に当てられて、軽い頭痛を覚える。
攻撃を仕かけるうえで役に立たないのはジェのほうだ。
庸儀やヘイトのものならまだしも、泉翔の戦士を相手に立ち回ることなど、ジェには無理だ。
盾となる側近が倒れた時点で、ジェも終わりだろう。
その点、麻乃ならばその心配はない。
泉翔の戦士が相手でも、軽く往なしてくれるに違いない。
泉翔へ渡ってからは速やかに中央へ進軍し、城を占拠して麻乃がくるのを待てばいい。
そばに回復術の強い術師をおくのだから、怪我の一つも負うことはなく中央へたどり着くだろう。
ジェのほうは――。
同じ船から進軍するといっても、無駄に力を消費してまでなにかをしてやるつもりはない。
運が良ければ中央までたどり着けるかもしれない、その程度だ。
泉翔を落とし、すべての準備が整ったあとにまだジェの存在があったなら、そのときは泉翔をくれてしまっても構わないだろうとは思う。
ジェは、少しでも早く麻乃から離れようと思っているのか、準備ができ次第、出発しようという。
こちらの準備が先に済んでしまわないよう、側近へは麻乃を送り出す準備を急がせた。
なかなか思うように車や人の手配ができないことに苛立ったジェが、準備に夢中になっているあいだに、麻乃の部屋へ向かうと女官を呼んだ。
「あのかたは今、どうされていますか?」
「はい、数時間ほど横になられていたようですが、今は目を覚まされています」
「そうですか……では、あと十分もすれば支度が整いますので、そのように伝え、あのかたを裏門へ案内してください」
今日の外出には女官も一緒につき添うように念を押して頼むと、もう一度、軍部へ戻った。
出たときと違い、あわただしく出入りをしている、兵の姿とざわついた雰囲気に、廊下へ飛び出してきた一人を捕まえた。
「なにごとですか?」
「はい、単騎でこちらへ向かってくる影が見えるそうです」
「騎馬兵ですか? 単体であれば大騒ぎをするほどのこともないでしょう?」
「それが、どうやら庸儀のかたらしいと……たった今、ジェさまが表門に迎えに出ていかれました」
「あのかたが? ご自分で?」
嫌な予感がする。
(自分の得にならないことでは動かないジェが、自ら進んで出迎えにいくとは――)
急いで表門へ向かった。
城から外へ通じる廊下を曲がったとき、裏門へ向かう廊下に麻乃につけた女官を見た気がしたけれど、立ち止まって確認する余裕がなく、速足で城を出た。
側近を従えて城門の前に立ったジェの隣に並び、一体なにごとかと問いかけた。
厭らしい笑みをみせたジェは、もう馬体の色が確認できるほどの距離まで近づいた影に向かって、顎をしゃくってみせた。
「リュが戻ってきたんだよ」
ジェはそう言った。
まさか、あの崖から落ちて無事でいるとは思いもしなかった。
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