第134話 合流 ~修治 2~

 ひどくレイファーを意識している鴇汰の横顔を見た。

 麻乃の左腕に蓮華の印があったと、レイファーは言いきったうえに頑として譲らない。それがありえないことだと知っているのは修治だけだ。


 迷いながらも、麻乃の印の位置と色を示した途端、思ったとおり鴇汰が顔色を変えた。

 いつもの調子で突っかかってくるのを無視して話しを進めようとしても収まらない。

 肩口をつかんできた手を振り払い、一喝した。この手の話しになると、こいつはしつこい。否応なく、修治まで苛立つ。


「長田。いちいち話しの腰を折るな。安部が痣の位置を見知っていたのがなんだと言う? 邪魔ばかりするならその辺を散歩でもしてこい」


 ずっと呆れた顔をして鴇汰の様子を見ていたレイファーが、また挑発するような言葉を発し、ますます手がつけられなくなった。

 岱胡もどう対応したらいいのか判断しかねているようだ。


(……鬼灯?)


 鴇汰はずっと鬼灯を握り締めている。

 麻乃も感情を昂らせているときは、たいてい鬼灯を握っていた。

 修治に対して殺気を放ったときも、鴇汰を斬りつけようとしたときも、手にしていたのは鬼灯だ。


 今にもレイファーに向かっていきそうな鴇汰の手から、鬼灯をもぎり取った。

 革袋を通してもわかるほど、柄も刀身も熱を持っている。

 麻乃が夜光と鬼灯を手に入れたとき、高田が妙に癖のあるものだと言っていた。

 初めて手にしてみて、癖云々という問題ではないと感じた。


「おまえ……こんなもんを持ってるから気が落ち着かないんだ……おまえにここを外されたらあとで困るんだよ。いろいろと気に入らないんだろうが頼むから今は大人しくしていてくれ」


 突然、刀を取りあげたせいでハッとして振り返った鴇汰は、修治をジッと見つめたまま、それでも大人しく腰をおろした。


「悪かったよ。そんなつもりはなかったけど、ついカッとなっちまって……」


「わかればそれでいい」


 印の話しは、どうにも納得がいかないけれど、レイファーは顔に覚えもあると言った。

 印よりも、そのほうが間違いないようだ。

 鴇汰の話しでも、麻乃が覚醒してしまったことは確かだ。


 ジェの存在が偽物だとハッキリした今、本物としてロマジェリカに加担しているのが麻乃だと認めざるを得ない。

 ただ、今、麻乃がどんな状態なのかが気になる。

 自分の意志をしっかり保ったうえでロマジェリカにいるのか、それともなにもわからないままに利用されているのか……。


(それ次第だ……それがわからなければ、どう対処すればいいのか決められない)


 レイファーがサムと呼んだヘイトの男が、麻乃の火傷の痕を見たかと聞いてきた。

 鴇汰と岱胡に目を向けると、二人とも首を横に振る。

 言われてみると、修治もその傷自体は目にしていない。


(そうだ。爺ちゃん先生は見てる……)


「俺たちは……けれど医療所の先生が、手当をしたときに見ているな」


「では、それが本当に火傷の痕だったのか、ただの痣だったのかを確認したほうがいいでしょう」


 そう言ったサムに、レイファーがなにか心当たりがあるのか、と問いかけた。

 炎を見つめている翠眼が細く光り、獣のような印象を受ける。

 梁瀬も同じ翠眼だけれど、いつも温かみを感じる。

 ずいぶんと大きく印象が違うものだ。


「マドルという男……あれは妙な術を使う。しかも、どう身につけたのか、ロマジェリカでは多くの術師が同じ術を使えるようなんですよ」


「……それはもしかすると傀儡か?」


 ロマジェリカ戦のとき、それに豊穣で襲撃されたときの兵を思い浮かべた。

 あれらは確かに斬った手応えを感じても、何度も起きあがってきた。


「それとは少し違うんですけどねぇ……似ているといえば似ていますね」


 まず、敵兵に向かっていく恐怖感を取り去るために、強い暗示にかけると言う。

 そのせいで傷つけられたときの痛みも感じることがないらしい。

 とはいえ、命を絶たれるほどの傷を負ったときには、さすがにその動きも止まる。

 そこからは通常の傀儡と同じように動かせなくなるまで操ると言う。


「なんつーか……えげつないやりかたッスね……」


「俺は二度、そいつらを目にしたが、一度目のときは一万近い数がいた。そんな数に対応できるほどの術師がいるということか?」


「数まではなんとも……その術では暗示にかけたものに印を刻みます。たいていが腕、あるいは首筋に痣を浮かばせるんですよ」


「――痣だって?」


 サムが痣だったのか傷だったのかを確かめろと言った意味を、修治はやっと理解した。


「あんたがさっき、確認しろと言ったのはそれか……」


 サムが小さくうなずいた。

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