第83話 流動 ~レイファー 3~
「あなたの国にも、そういった血筋の話しが未だに残っていましたね。ヘイトでもそうですが……」
「どこの国にもあるだろう? 今は一つとして出ていないようだがな」
「こんな時代……新たなときを迎えようというのに、誰も彼も一向に現れやしない。それらしいものはいるようですが、なにをしてくれるわけでもない。不確かな伝承など、もう待っていられない状況なんですよ」
「自分で動いたほうが早い、か? そうやっているきさまこそが、案外待っているそれなんじゃないか?」
馬鹿なことを……と、サムは呆れた顔をしてみせてから、窓にもたれて砂埃の舞う外を眺めた。
「確かに、腕には覚えがありますし、なにかが起こったときに渦中に巻き込まれるだろうとは予想していますよ。でも、中心に位置するそれは、私ではない……自分でハッキリとわかります。それは私じゃないんですよねぇ……」
外を向いたままのサムの表情は、レイファーからは見えない。
けれど、言葉尻になにか物悲しさを感じた。
サムの指定した場所は、国境を越え、ロマジェリカの領土内に入る。
広域に低い岩山がいくつも並び、枯渇した沼らしき跡があった。
その外れまで行くと、だいぶ城が近くに見える。
幸いにも、この岩のおかげで身を隠す場所にはこと欠かない。
丘陵を下ってきたから、こちらのほうが高い位置で、恐らく戦場になるだろう場所が良く見渡せた。
「この辺りも昔は、森や山だったようですよ。今でこそ、こんなに荒れてはいますが、土地自体は悪くない。再生も可能でしょう」
「それより、こんな場所で一体、なにを受け取ろうというんだ?」
「それはまぁ、事が起こってからで……」
少し前から、サムはしきりに時計に目を向けている。
そろそろ、部隊が攻撃を始める時間なのだろう。
風が岩の合間を縫って、時折、突風が巻き起こるものの、それも弱まってきてはいるようだ。
小さなつむじ風が枯れた草を巻きあげて運び去っていく。
ケインとピーターが、地図を見ながら現在地に印を付け、双眼鏡で周囲の様子を探っていた。
「この先にも、同じように岩場が広がっている場所があるのですがわかりますか?」
サムが指差した北西の方角を見ると、ここよりは狭い範囲に見えるが、確かに岩山が点在しているのがわかる。
「まず、一部隊は、あの場所から出ます。残りは庸儀側から谷沿いに進んで、ちょうど城の右手側で合流する形を取ります」
「あの辺りに村はないようだな……無駄な犠牲は出ずに済むか」
「ええ。それに、私たちは別に領土を取ろうとも城を落とそうとも思っていません。ロマジェリカの兵数を見ることと、それを減らすことができればそれでいいのですから。そろそろ、始りますよ」
「始まるといっても、まだ部隊は一つも見えないじゃないか」
ピーターが双眼鏡をのぞいて、周囲を見渡しながら言った。
ケインに手渡された双眼鏡をのぞき、レイファーは自分を中心に、右から左へと流してみる。
ピーターのいうように、どこにも部隊は見えない、と思った瞬間、赤茶けた原野の砂埃の中に、ぽつんと人影が見えた。
「レイファーさま……」
「あぁ、なにかいるな」
倍率を上げてもう一度、ゆっくりと流してみた。
この場所と城の中間あたりに、フードのついたマントを被った人影が見え、その方角を指で示すと、サムを振り返る。
「おい、あれはきさまの仲間か?」
サムは自分のマントの中から単眼の望遠鏡を取り出し、指差した方角に視線を向けた。
「いえ……あんな場所に一人だけいるなんてことは……」
訝し気な表情でつぶやいたのと同時に、北西の岩場から兵が突然現れ、次から次へと城に向かって進軍が始まった。
歩兵と騎馬隊が中心のようで、どこから調達してきたのか馬の数は相当なものだ。
おまけに大砲を積んだ荷車も、数台ある。
「一体、どこからあんなに……」
突然のことに驚き、レイファーはたった今飛び出してきた部隊のほうに視線を移す。
ケインとピーターも同じように視線を移した。
部隊は全員出尽くしたのか、最後に大型の幌つきトラックが数台、部隊を追っている。
「まずい……あそこは丁度、進軍のルートです。規模が大きいぶん、横に広がる。あちらはもちろん、うちの部隊も避けようがない」
サム一人だけが人影を見つめたまま、そう言った。
部隊の動きを追い、そのまま一度、城へと視線を移すと、ロマジェリカの部隊が出撃してきたのが見えた。
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