第73話 大国の武将 ~サム 4~
「ロマジェリカと庸儀をどうしようが、それはあなたがたにお任せします。ですが、ヘイトは見逃していただきたい。事が起こった暁には、同盟を反故にする。私たちは今はもう、他国と争う意思はないのです」
それを聞いて、今度こそこらえ切れなかったのか、ジャックが勢い良く立ちあがり、弾みで椅子が倒れた。
「さっきから黙って聞いていれば、都合のいいことばかりを並び立てて……争う意思はない? そんな話しを信用できるか!」
「どう言われようが、それが私たちの意識ですよ。それに……こんなふうにいつまでも争いを続けていても、なにも生み出しはしない。ここを手がけているあなたならよくわかっているはずです」
「そんなことは言われるまでもなくわかっている。きさまなどよりも、もっとずっと昔から……だがな、今は俺にも立場というものがある」
力なくそう言ったレイファーの表情は、どこか切なそうにも見える。
国を追われてからしばらくのあいだ、サムは利用してやるつもりでレイファーの様子を観察していた。それでこの場所のことも知った。
やろうとしていることはサムと同じだ。
違うのは、サムのほうは国レベルの意志で、レイファーのほうは個人の意志で動いているということだけだ。
一人でも地道に植物のことを学んでいるレイファーの姿にいつからか親近感を覚えていた。
「立場があるのはわかってますよ。でも、それがどうだというんです? そんなことにこだわっていても、なにも変わりやしない。あなたには、そこの方々のように黙っていてもついてきてくれる部下たちがいるじゃありませんか」
振り返ったレイファーを、三人は戸惑い気味の顔をして見つめ返している。
「奪い取ることよりも、自分たちの手で育むことのほうが大事だと、一番良く知っているのは泉翔の方々です。ヘイトはもう動き始めている。庸儀もロマジェリカも、上が変わることで私たちと同じ意志で動きだすでしょう。あとはあなたのところです。ジャセンベルが変わるのはあなた次第だ。本気で変えようと思うのならば、私はいくらでも力を貸すつもりです。だからこそ、今日、この話しを持ってきたのですから」
レイファーは一言も発しない。
サムの買い被り過ぎだったのだろうか。
いずれは自分が、と思っているようだから、野心があるのは確かだろう。
レイファー自身の中で、いろいろと計画は立てているに違いない。
それが突然あらわれた自分に、あと二日で動けと言われても戸惑うだろうことは十分過ぎるほどわかっている。
けれど、ロマジェリカが妙な動きを始めたことで、大陸全土が否応なく動かざるを得ない状況に変わっている。
事によっては反乱だと思われる行動を起こせと言われて慎重になっているのだとしても、今、どうしても動くという答えがほしい。
それがヘイトの安泰に繋がるのだから。
ジャックを指差すと、もう一度レイファーに向かって言った。
「そちらのかたは、ヘイトへ良く足を運んでいますよね? ヘイトが今、昔に比べてどれほどに緑豊かになっているか、話しを聞いてみるといいでしょう。あなたの一言は、この国を私たちの作り上げたものと同じだけ、いえ、もしかするとそれ以上に変えることができるのですよ」
ジャックはレイファーに小声で何かを伝えながら、時折、考え込むように視線を小屋の天井に向けた。
レイファーはそれでも目を閉じたまま、うつむいている。
焦れったさを感じてならない。周囲は風で木々の葉がかすかな音を立てているだけだ。
時刻が日付を変えた今、仕かけるその日はもう明日だ。
今日は戻ってその対応に追われることになる。
やらなければならない準備は山積みだ。
ここでいつまでも黙ったまま睨み合っている時間が惜しい。
サムはため息を大きくついて立ちあがった。
「これ以上、待っても無駄なようですね……残念ですが仕方ないでしょう。明日の夕刻には私たちは動きます。そのときには、くれぐれも邪魔立てだけはしないでいただきたい」
窓際へ立ち、そっと窓を開いた。
誰も動かないのを確認して窓枠へ飛び乗り、外へ出た。
「今のジャセンベル王では駄目なのですよ。あなたでなければ……」
サムの言葉がレイファーへ届いたかどうかはわからない。
森の外では仲間が車を用意している。
追われても、サムの術で動きを止めれば余裕で逃げ切れる。
(ただ……残念だ。残念でならない)
レイファーを動かすには、なにかもっとほかの方法があったかもしれない。
ロマジェリカが手薄になったときに、どう動くかを新たに考えなければならなくなってしまった。
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