第72話 大国の武将 ~サム 3~
「そのロマジェリカの軍師は、やけに泉翔に執着していましてね……そうそう。先日、泉翔の主だった戦士が各国に渡ってきていたのをご存じで?」
「泉翔の戦士が大陸に? おまえたち、なにか聞いているか?」
肘かけにもたれ、顎の辺りに触れながら、レイファーは三人に問いかけた。
「いえ、私たちはなにも……」
「……だそうだ。俺もその話しは初耳だ」
顔色一つ変えないレイファーを見て、サムは逆になにか知っていると悟った。
こちらが軍属でないとはいえ、警戒して迂闊なことは口には出さないだろう。
ならば待つだけ無駄というもの、先を続けることにした。
なぜか泉翔の戦士は呼び石を持っていたこと、それを頼りに彼らを追っていたのがジェの率いる庸儀の兵であったこと、どうやら泉翔の戦士の何人かは命を落としたらしいこと、こちらの押さえた情報を、なるべく流れに沿って理解しやすいように話した。
黙ったままで聞いていた四人は、難しい顔をみせている。
「この国へも泉翔の戦士が二人、渡ってきていました。この近くで庸儀の兵に襲撃されましてね、少々、分が悪そうだったことと、ジェの顔が見えたものですから、泉翔の戦士に手を貸してやりました」
あのときのことを思い出すと、今でもおかしい。
ジェの思惑を簡単にはね退けた男の態度に憤った姿も、炎にあわてふためくざまも、実に滑稽だった。
「レイファーさま、さっきのあれは、もしやそのときのものでは?」
ジャックが声を潜めて言ったのが聞こえ、レイファーのほうを見た。
「あれを見たんですか?」
「あぁ、黒焦げの遺体をな。あれは……」
「すべて庸儀の兵ですよ。泉翔の方々は、うまく逃がしました」
レイファーは相変わらず表情を変えない。
けれど呼吸の調子が変わった。恐らくホッとしているのだろう。
「実はロマジェリカの中にも私たちと通じているものがいるのですが、そのものの話しでは、ロマジェリカの軍師は近く泉翔への侵攻を計画しているようです。しかも三国からほとんどの兵を引き連れていくらしい」
「ほとんどを……? そのあいだ、三国ともに兵力が相当、落ちるということか……」
「しかしそうは言っても、うちの存在を忘れているわけではあるまい?」
「同盟を結んだならともかく、それを突っぱねたんだ。簡単に国を空けることはしないだろう?」
「多少は残していくでしょう。あるいはなんらかの手段で攻め込まれにくいようにしているかと」
「当たり前だ! 今の状況でさえ、わが国は三国を相手にしても余る兵力を持っているんだからな」
ケインとジャックは馬鹿にされたと感じたのか、苛立った様子を見せた。
変に興奮されて矛先を向けられても困ると、サムは机から体を遠ざけ、距離を取る。
「なんにしても、ロマジェリカはここで泉翔の主立った戦士たちを手にかけた。いかに防衛力が高いとはいえ、今の泉翔は戦力が弱まっていることは確かです」
「それで? きさまはそこまで情報を集めて俺たちに流し、どうしようというんだ? 俺たちをけしかけて、自分は高みの見物でもするつもりか?」
レイファーは深く椅子に腰をかけ、肘かけで頬づえをついたまま余裕を見せながらも、言葉には嫌味がこもっている。
「まさか……私たちは二日後、ロマジェリカに仕かけます」
「馬鹿な! 出奔した兵に脱走兵が寄り集まったところで、兵力も武器も、一国に攻め入るには事足りないだろう?」
「攻め入るのではありませんよ、あくまで仕かけるだけです。泉翔侵攻の計画前に、どれほどの兵を割いてくるか……それと、この混乱に乗じて、侵攻の時期、物資や兵数の情報を手に入れるつもりです」
ブライアンがレイファーに耳打ちをしている。
こちらの真意を謀りかねているのだろう。
ジッとサムを見つめ、静かに問いかけてきた。
「それを知ってどうする?」
「もちろん、手薄になる時期を狙います……と言いたいところですが、先ほど仰られたとおり私たちの力は微力です。そこで是非ともあなた様の手をお借りしたい」
なにかを言いかけ、立ち上がろうとした三人を制すと、レイファーは腰をかけたまま、足を組み換えてため息をついた。
「そう言い出すだろうとは思ったよ。昨日、きさまは王の言葉を聞いていたようだからな。今の話しが本当なら、近く大陸統一も可能となるだろう。だが、それを俺たちに任せて、きさまはどうするつもりだ? 一体、なにを企んでいる?」
「企むとは心外ですね。ただ、一つだけ頼みたいことはありますが」
「……なにが望みだ?」
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