第62話 目覚め ~麻乃 3~

「だからって……破壊ありきの再生になんの意味があるっていう! あたしたちはあの島で十分じゃないか!」


「おまえはあの島で、これまでのようにただ防衛だけをしろというのか? それはいつまで続く? いつまで防衛が可能なんだ? いつか大陸のバランスが崩れて、大きな力で攻め込まれたら俺たちは終わりだ。ただ黙ってそれを待てというのか?」


「そんなことを言ってるんじゃない! 犠牲を出して奪ってまで必要なものなど、あたしたちにはないと言っているんだ!」


「……最初から、おまえにわかるとは思っちゃいない。こうすることが泉翔を守ることに繋がるんだと、おまえに理解できるわけがない。人を殺めるだけの力しか持っていないおまえにはな」


 修治の最後の言葉が、麻乃の胸に突き刺さった。

 たとえ自分で同じことを思っていても、修治の口から聞かされると、さらに深く重い罪の力に感じる。

 フッと笑った修治の顔を、言葉が継げず立ち尽くしたまま見つめた。


「おまえ……自分が昔、なにをしたのか、よもや忘れちゃあいないだろうな?」


 夜光をさげたまま、全身から血の気が引いていくのを感じていた。

 これまで話していたことも、たった今、自分がなにを思っていたのかも忘れ、頭の中が空っぽになった。


 乾いた音が耳に響き、太腿に衝撃を受けてひざまずいた背中に、さらに強い衝撃を受け、麻乃はそのまま倒れ伏した。

 頬に触れる乾いた土が、ジワリと湿った感触に変わり、鉄錆の匂いが鼻の奥をつく。


(撃たれた……岱胡だ……岱胡があたしを……背中の衝撃は……)


 朦朧もうろうとしながら、麻乃を倒したものがなんなのかを考えたとき、この場所で今、一番、聞きたくなかった声が聞こえた。


「いつまでかかってるんだよ」


 目を開けても、見えるのは地面と砂埃、いくつもの駆け抜ける足だけだ。


(隠した車が使われていなかったのを見て、不安だった……でも……無事だったのか……)


 背を斬ったのは鴇汰の大剣だ。

 無事だったことにホッとしながらも、鴇汰までもが向こう側にいるのが、ひどく哀しかった。


 もう、まぶたを開けていることさえできない。

 体を起こし、立ちあがる力も気力も出ない。


(このまま眠ってしまおうか……)


 きっと、これは夢なんだ。

 次に目を開けたときには、麻乃は泉翔のいつもの部屋にいて、みんながいて、いつもと変わらない毎日が始まるに違いない。


 この背中の痛みも、もしかしたら演習の日に負った怪我のせいで、今、爺ちゃん先生の医療所で、きっと眠って夢を見ているんだろう。


 そうだ。

 一眠りして目を覚ましたら、ベッドの横に修治がいて、鴇汰と穂高が見舞いにきてくれて……そこから始まるんだ。


 ――そう思いたかった。


(そうじゃないなら……これが現実なんだとしたら……あたしはもう……このまま目を覚まさなくていい……)


 頬を濡らしているのが血なのか涙なのかもわからない。

 何度か静かにゆっくりと呼吸をしたあと、フッと小さく息をはいた。

 少しずつ朦朧としていく意識の中、不意にマドルの声がはっきりと聞こえた。


「本当にそれでいいんですか?」


 その声に引き戻されて、一度は遠ざかった周囲の喧騒が、また耳に飛び込んでくる。


「ご自分の国の人間が禁忌を犯しているのを知り、それを目の当たりにしながら、すべてに目をつむって耳をふさいで、貴女だけ楽になろうというのですか?」


「……あたしはみんなを止められなかった。もう動くこともできない」


「貴女には守りたいものがあったのではないのですか?」


 そう問われ、一番はじめに多香子の顔が浮かんだ。

 子どもたちのこと、残してきた隊員たちのこと、守りたいのは人だけじゃない。

 泉翔という国を、あの小さな島を守りたいと思っていた。


「この大陸にも同じ立場のものが大勢いると言うのに。泉翔の方々は、それを犠牲にしてこの土地を奪うと言っているのに……貴女は正す力を持ちながら、なにもしないというのですか?」


 正す力――?

 そんな、いい力なんかじゃない。


「彼らに過ちを犯させたままでいいのですか? 貴女の力で、間違いを正しい方向へ導かなくていいのですか?」


「間違いを正す……? でも、どうやって……」


『驚くようなことがあったのは、たった一度きりだったよね?』


 以前聞いた巧の話しを、麻乃は思い出した。


『当時の国王がこの国の最大の禁忌……他国への進出をしようとしたから』


『国中がそのムードで高まって、どうにも止まらなくて、当時生まれた鬼神の手で粛清が行われたからだ』


 そうだ。

 そんなことがあった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る