第51話 離合集散 ~麻乃 1~

 鴇汰と二人、木々のあいだを全力で走った。

 追ってくる気配はさらに強くなり、森を抜けたのと同時に、敵兵も森から飛び出してきた。


(あと数十メートルで崖にたどり着けたのに……!)


 出てきた敵兵は、一斉にこちらへ向かってくる。


「駄目だ、こいつらを倒さねーと、飛び込む前にやられちまう!」


「仕方がない、応戦して隙を見て逃げるよ! 鴇汰、深追いは絶対にしちゃあ駄目だ!」


 そう指示を出すと、鴇汰はうなずいてから大剣を抜いて構えた。

 ざっと敵兵を見回すと、数は四十ほどが出てくている。

 半数は鴇汰に向かっていく。


 麻乃も応戦しようと夜光の柄に手を伸ばした瞬間、鬼灯の柄が手に納まってきた。

 なぜか熱を感じる。

 戸惑いながらも躊躇ちゅうちょしている暇はなく、鬼灯を抜き放った。


 待っていたと言わんばかりに、やる気があふれて伝わってくる。

 早く倒さなければとはやる気持ちが増幅されていくようで、思い切り踏み込んだ麻乃は、手前に出てきた敵兵三人を一気に斬り倒した。


(今日はいける。体がいつもより動く感じだ)


 背後から近づいてきた敵兵を振り返りざまに斬り倒し、横から襲いかかってきた敵兵の振り抜いた剣を弾き飛ばした。

 敵兵は素手になってもあわてる様子も見せない。

 なにかおかしいと感じたとき、その背後でさっき斬り倒した兵が起きあがったのが見えた。


(あれは……! あのときと同じ……?)


 ハッとして鴇汰に目を向けた。まだなにも気づいていない様子で敵兵を相手にしている。

 その背後で倒れた敵兵が起きあがったのが目に入り、駆け出してその足を斬りつけた。


「鴇汰、こいつらロマジェリカ戦で出てきたやつらと同じだよ! 普通には倒れない、足を狙って動きを止めるんだ!」


「足? なんで……」


 聞き返してきた鴇汰の言葉が途切れた。

 目の前の敵が起きあがったのを見て驚いたようだ。


 それでもすぐに対応して足を狙った攻撃に切り替えた。

 順応が早くて助かる。

 そのおかげですぐに敵兵の数が減り、残りは半数ほどになった。


(誰がこいつらを動かしてる? やっぱりアイツ……?)


 まだこの場に姿を見せていない敵を、麻乃は探した。

 崖沿いに転がった大岩の陰でなにかが動いた。

 森の木々にも何人か潜んでいるのがわかる。

 剣を振りかぶり、斬りつけてくる敵兵を苛立ちながら斬って倒し、木々に潜む中にリュの姿を見つけた。


「鴇汰、あんたは適当なところで早く逃げるんだよ、絶対に深追いはするんじゃないよ!」


「適当な……ってなにを言ってんだおまえ……そんなわけにはいかねーだろ!」


 鴇汰がそう言ったのには答えず、リュたちが潜んでいる場所へ向かって走った。

 麻乃が気づいたのがわかったのか、残りの敵兵が姿を現す。

 ざっと人数を数えた。


(十人……たやすい!)


 鬼灯が急かすようにやつらを倒せと言っている気がする。

 握り締めた柄がアームウォーマー越しでもわかるほどに熱い。

 リュに向かうのを妨げて前に飛び出してきた敵を、擦り抜けざまに斬り倒した。


「おまえらに用はない! 邪魔をするな!」


 さらに左右から剣や斧で襲いかかってきたのを、下から掬い上げて腕を斬り落とす。

 この残った十人は、おかしな術にはかかっていないのか、反応が先の兵と違う。


 良く見れば、このあいだの庸儀の襲撃で最後に出てきた小隊のやつらだ。

 いきなり三人倒したことで、敵兵はこちらの出かたをうかがっているのか、動きを止めた。

 麻乃も立ち止まり、息を整える。


「今日はまた、ずいぶんと威勢がいいじゃないか」


 相変わらず、薄気味の悪い笑みを浮かべてリュが言った。


「このあいだと同じようにはいかないと思え」


 静かにそう言い放ち、切っ先を向けてリュを見据えた。

 視線をそらすことなく、自信あり気な態度のままでククッと含み笑いを漏らしている。


「あっちの彼を、一人にしてしまって構わないのか?」


「あいつは、あんなやつらに後れを取ったりしない。すぐに片づけてくれるさ!」


 リュの表情が変わった。

 背後の気配が少しずつ薄れていくのを感じる。

 それだけ鴇汰が打ち倒しているということだろう。


 隙を突き、麻乃は構え直して攻撃に入った。

 ハッとしながらも避けるのは前回と同じでうまい。


 そこからさらに踏み込んで斬りつけようと、左に夜光を握り込んだ瞬間、鬼灯のときとは逆で、抜かれるのを嫌がるように柄に触れた手が痺れ、左腕に痛みが走った。


「……っつ!」


 咄嗟に右の鬼灯を切り返し、振り下ろした切っ先が、辛うじてリュの肩口をかすめた。

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