庸儀

第31話 庸儀 ~巧 1~

 上陸ポイントにおり立った瞬間から、薄気味の悪さを感じた。

 全身に静電気を帯びたような痺れが走った気がする。

 穂高のほうもなにかを感じ取っているのか黙っていることが多い。


「トクちゃんもヤッちゃんも、こんなに土地が荒れてるなんて一言も言ってなかったわよね?」


「うん……やっぱり大陸の様子が変わったせいなのかな? ホラ、諜報の情報で飢饉があったって言ってたじゃない?」


「そういえばそうだったわね。泉翔じゃ、食糧も物資も不足することがないから、わからないけど……」


「これだけなにもない土地じゃあ穀物も採れないだろうし、動物だって餌にありつくのは難しいだろうね。そうなると、自然と生き物は絶えてしまう」


 ルートを進みながら、いくつかの村を通り過ぎた。

 その半分以上が廃村だ。


 様子を見るために立ち寄ってはみたけれど、人の気配もなく、どこも寂れていた。

 穂高は廃屋をのぞいてみたりしながら、梁瀬の役に立ちそうなものを探していたけれど、どうやらすべてが空振りで終わったようだ。

 文献が残っていたとしても、人々が村を棄てたときに持ち去ったのかもしれない。


 諜報の使った車の中に地図が残っているのを見たときに、いくつものバツ印がついていた。

 最初はなんだかわからなかったけれど、それはどうやら、つぶれた村につけられた印らしい。


「毎年、私たちが奉納にきても、大陸のやつらがこうも土地を枯らしているんじゃあ、どうしようもないわね」


「ロマジェリカもひどい国だけど、庸儀までこうだとは思わなかったよ。政権交代が大きく関わっているのかもしれないね」


「これじゃあ、うちの国をほしがるのもわかる気がするわね。だからって、明け渡してやる気はさらさらないけどさ」


 あまりにも腹が立つ。

 なぜ、これだけの土地を持ちながら、手をかけ、育むことをしないのか。

 あるものを奪うよりリスクも出ずたやすいだろうに……。


「こんなにもなにもないのに、城は豊かだっていうのは変なはなしだよね?」


「ありったけを掻っさらった結果が、この状況に繋がっているんじゃないのかしら?」


「そうか……」


 村の入り口にとめた車に乗り込み、巧は地図を開いてルートを確認した。穂高は難しい顔で首をかしげてから、城のある方角へ目を向けている。


「どうかした?」


「うん、なんか嫌な感じがする。運転、頼んでいいかい?」


「そりゃあ構わないけど……」


 座席を変わり、巧はエンジンをかけた。

 穂高はそのあいだに上着のポケットからメモを取り出し、なにか書き記すと空に放つ。

 瞬間、真っ白な鳩が一羽、飛び立っていった。


(式神……なにが気になったのかしら?)


 運転をしながら、鳩が飛び去った方向へチラリと視線を向けた。

 薄暗くよどんだ空にその姿が溶け込んで見えなくなる。


「陽が沈む前には次の村に着きたいわね」


「地図だと次の村も廃村のようだね、今日はそこまでにして、翌朝、早めに出ることにしようか?」


「そうね、そうしようか」


 走り出して次の予定を確認し合うと、お互い、つい黙ったままになってしまう。

 林を通り抜け、川を越えた辺りで穂高の式神が戻ってきた。

 

「……おかしいな」


「なにが?」


「このまま、西の方角へ行くとヘイトだけれど……庸儀は今、ヘイトとは同盟を結んでいるんだよね?」


「そのはずよ? それがどうかしたの?」


 穂高の手の中で、鳩はメモに姿を変え、薄っすらと煙を出して燃え尽きた。


「うん、敵兵が一部隊……かな? 五十人ほど、こっちの方角へ向かってきているんだ。兵を出すなら、ジャセンベル……南の方角に出るはずなのに、なんでこっちへ向かっているのかな?」


「ヘイトに援軍でも出したんじゃないかしら?」


 腕を組んで考え込んでしまった穂高は、一人小声でブツブツとつぶやいた。


「そうかもしれないけど、たった五十か……このまま行くと、恐らく次の村でぶつかるけど」


「ちょっと早く言いなさいよ……それはさすがにまずいわ……スピードを出すからベルト締めて。次は通り抜けて、その先まで進むわよ」


 アクセルを踏み込み、出せるかぎりのスピードで走らせる。

 舗装されていない道で、時々、車体が大きく揺れたりぶれたりした。

 必死でハンドルを捌き、予定より二つ先の村へたどり着いたときは、もうすっかり日も暮れていた。


 車からおり、廃村の中にある適当な家に入った。


「参った……まさか巧さんが、あんな運転するとは思わなかったよ」


 首や背筋を伸ばし、腰をたたいて穂高が苦笑している。

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