第7話 若き軍師 ~マドル 7~

 マドルの進言で皇帝が腰をあげ、ついに庸儀と同盟を結んだ。

 同盟とはいっても、実質ロマジェリカにくだる形となったことに、皇帝も大層気を良くしている。


 不満を示すかと思った庸儀の国王も、ジェが手を打ったようで皇帝と同様に機嫌が良さそうだ。

 これがきっかけになり、マドルは国で一番大きな部隊の軍師を任されることになった。


 ジェのほうは、近いうちにヘイトを動かし、庸儀と同じようにロマジェリカにくだしてみせるという。

 いずれはジャセンベルをも従え、大陸を統一する気のようだ。


 どうやって、などと問うまでもなくわかる。

 これまで、ジェがやってきたことがそのまま通用すると思っているのだろう。


(こんな枯れ果てた領土を、いくら増やしたところでなにが変わるわけでもない。ジェ自身もそう言っていたのに)


 ヘイトはともかく、ジャセンベルがそう簡単に動くとは思えないし、そこで動かれても困る。

 マドルの描くヴィジョンと、ジェのしようとしていることは、大きく違っている。

 そのことに気づかないのか――。


 その夜、マドルの部屋に押しかけてきたジェが寝入ったのを見計らって、寝室を抜け出した。

 ジェの側近が控えている部屋へと、酒瓶を持って向かった。


 外から様子をうかがうと、もう深夜になっているというのに、まだ寝入っていないようだった。

 ノックをして中に入り、酒瓶を差し入れだと言って手渡したのと同時に、その場にいた側近たち四人に暗示をかけた。


「リュ・ウソンとは、どのかたですか?」


 静かにそう聞くと、ゆらりと揺れて一人が立ちあがった。


「あなたですか。いくつかお聞きしたいことがありましてね……ほかの方々には少々眠っていただきましょうか」


 そしてロッドを床にひと突きすると、三人は崩れるようにして椅子にもたれ、目を閉じた。

 視線をリュに向けると、懐から書類を出した。


「この鬼神についての記述ですが、これは貴方が手に入れたものに間違いありませんか?」


 マドルの問いかけに、リュはコクリとうなずく。


「これは一体どのようにして手に入れたのです?」


「それは……前王の命を受けて泉翔へ攻め入ったときに、負傷兵を装って諜報に入り、手に入れたものだ」


「貴方は実際、このもととなった文献を目にしたのですか?」


「そう、いくつもの古い文献が……」


「なるほど、その中から抜粋してきたというわけですね。そして、これに一番近い存在がジェ・ギテということですか」


 リュの体がフラリと揺れた。

 その口もとがわずかに笑っているように見える。

 マドルは眉をひそめ、ゆっくりと続けた。


「この文献があったことで、ジェが鬼神だと思われたのですね? 正確に答えてください」


「ジェさまは、これを読んで……これは使える、と。ご自身の出身の村でしか取れない染料で髪を染め……」


(あの赤い髪は染めただけ? これはまた、想像以上にお粗末な代物だ……)


「本物は……まだ覚醒していない。それに島を出ることもない。取って代わるには都合が良い……」


「本物がいる?」


 つい、声が大きくなる。

 寝入っていた三人がピクリと動いた。


「貴方は本物を御存じなのですか?」


 小声でリュに問いかけると、またコクリとうなずいた。


「泉翔にいるのですね?」


「泉翔の戦士は戦いのとき以外は温い……弱く見せてつけ入ったら、あっという間に手中にできた」


「本物の鬼神は、泉翔の戦士だということですか? その名前、容姿も貴方は見ている?」


「赤茶の髪……覚醒していないから、瞳はまだ黒い……」


「その名前は?」


「フジカワ……アサノ……」


 それだけ聞けば十分だった。

 いくら探しても鬼神の情報が見つからなかったのは、入り込めない泉翔にあったからだ。


 ジェが、かつて自分の一族を全滅させたのも、過去を知るすべてを消すためか。

 自分の欲のためなら、その程度のことはやってのける女か。


 本物は存在している。

 覚醒していないというのがどんな状態なのか、マドルには今一つわからないが、この目で確かめれば済むことだ。


 術を解き、なにごともなかったように少しだけ雑談をかわして寝室へ戻ると、朝を待ち、ジェを帰してから皇帝のもとへ向かった。


「皇帝、泉翔を手に入れる機が巡ってきたようです。私に少々、考えがあるのですがお任せいただけますか?」


「おお! ついに泉翔を手に入れると? 資源の豊富なあの国さえ手に入れば、ジャセンベルを退け、我が国が大陸を制覇するのは実にたやすいこととなろう!」


 マドルの自信ありげな言葉に、皇帝はすぐさま飛びついてきた。


「それには最低限の物資と、村や街を犠牲として、一万からの兵を用意しなければなりません。ですが必ずや良い報告を持って参ります」


 そういうと、マドルは目を細めてうっすらと笑いを浮かべた。

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