第4話 若き軍師 ~マドル 4~
庸義とヘイトの国境からほど近い小高い丘の上まで、念のため側近を連れてやって来た。
ジェの率いる軍勢が、ヘイトに仕かけるとマドルに連絡があったのは二日前のことだ。
首尾良くヘイト軍をたたき、領土を奪えたならば、皇帝に庸義との同盟を進言するつもりでいる。
(表向き同盟とは言っても、実質は私の下にくだるだけ……使えるならば良し。使えなくても盾くらいにはなるだろう)
わざわざ自分で足を運ばず、誰かに確認に来させれば良かったのだけれど、マドル自身の目で確かめたかった。
鬼神であるというジェの闘いぶりと、その能力がどれほどのものなのかを。
「思ったよりも庸儀軍の規模が大きいですね」
側近の言葉にマドルはうなずく。
遠目で見ていても、ヘイトの軍勢と大きく差があるのがわかる。
(先日は国軍に問題があるようなことを言っていたけれど、なかなかの軍勢、ここから見たかぎりでは問題はなさそうか……)
側近に手渡されたスコープでジェの姿を探した。
前線で奮闘している兵たちの遥か後方で、屈強な兵士たちに囲まれて指揮をとっているのが見える。
流れてきた弓矢を時折、薙ぎ払う程度で、自身が戦闘に加わる様子はまるでみえない。
数分、その様子を眺めてからため息をつき、側近にスコープを戻した。
「結果を待つまでもなく庸儀が勝つでしょう。私は少し気になることがあるので先に戻ります。あなたがたはこのまま見届けて戻り次第、知らせに来てください」
「わかりました」
手にしたロッドを前方に向け、軽く振った。
先端にはめ込まれた濃紺の石からゆっくりと煙が流れ出し、白い馬へと姿を変え、それにまたがると丘をくだって走り出した。
(その姿はまるで紅い華が舞うように鮮やかに映える。その動きはまるで鬼が如く剣を振るい、先陣を切って戦場を駆け巡る)
以前、耳にした伝承では、そう言われていた。
記録は残ってはいないし、その伝承を受け継いできたものも、もう既に絶えた。
けれどマドルの記憶には、そのときの言葉がしっかり残っている。
ジェの戦場での姿は確かに映える。
風になびく長く赤い髪、それがゆえに、だ。
剣を振るおうともしない姿はイメージしていた鬼神の姿とはほど遠い。
そう感じるのは、長いあいだマドルの中で伝承を温め続け、本来よりもその存在に期待を膨らませ過ぎてしまったからだろうか?
蓋を開けてみたら、現実はこんなもので思ったほどの能力などないのかもしれない。
城へ戻ると、皇帝に気づかれないように部屋へ戻り、密かに諜報のものを数名、呼び立てた。
「庸儀のジェ・ギテの素性を三日のうちに、集められるだけ集めてください。少々急ぎますが、できるだけ詳細にお願いします」
「三日となると、古い情報を集めるのは少し難しいかもしれません。新しい情報からさかのぼれるところまででよろしいでしょうか?」
「そうですね、どのような経緯で、今の地位を確立したのかを重点にして集めてみてください」
「わかりました。では、三日後に」
そう言って出ていった諜報員と入れ替わるように、側近たちが戻ってきた。
「これはまた、ずいぶんと早かったのですね」
「マドルさま、やはり兵力に差がありましたので、かなり優位にことが済みました」
「今夜にも、ジェさまが意気揚々とおいでになるのではないでしょうか?」
マドルは軽く息をはき、椅子にもたれた。
「それも面倒ですね……あのかたの欲は強すぎて当てられる……少し気になることもありますし、私は三日ほど留守にします。ジェには同盟の件は抜かりのないよう進めるので、そのつもりで準備をしておくように伝えてください」
立ちあがると、衣装掛けからマントを手に取り、そのまま部屋をあとにした。
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