第3話 若き軍師 ~マドル 3~

「ジェさまに対して舐めた口を聞くな! 命が惜しくば、大人しくこちらの問いに答えろ!」


 赤い筋が頬に伸び、顎に伝う。

 ポツリと小声でつぶやき、ゆっくりと顔をあげたマドルの瞳を見て、五人はたじろいだ。

 次第に五人の息づかいが荒くなり、苦悶に満ちた表情を浮かべてゆく。


「両手の自由を奪えば、術を使うことができないとでも?」


 不敵な笑みを浮かべ、マドルはその様子を見守った。

 頬についた傷跡がだんだんと薄くなり、わずかな時間でふさがって消える。


「あんた……なにをした……?」


「この期に及んで問いかけですか? 私がまだ若いからと侮ったご自分がいけないのですよ? なにもなければ黙って帰そうと思いましたが、先に仕かけてきたのは貴女ですからね」


 固く縛られた縄をマドルはするりと解いた。

 五人は必死の形相で息を吸いこもうと喘いでいる。

 何人かは意識を失い倒れ伏した。


「お待ち……よ……私はあんたに……話しが……」


 ジェは足もとに倒れ込みながら、マドルの足首をつかんだ。

 乱れた赤い髪が目につく。

 屈んで髪に触れ、唇を寄せた。


「この髪……本当に紅い華――?」


 屈んだまま指を鳴らすと、全員の呼吸が戻った。

 ジェは恐怖を浮かべた瞳をマドルに向けている。


「それで、お話しとは一体?」


「私は、あんたと手を組みたくて、ここまで来たんだ」


 ぜいぜいと激しく息を吸い込みながらジェは話し始めた。


「庸儀の国王をそそのかして前王を殺したのは私だよ。今の国王は私の言いなりで腑抜けたジジイだ。国を手中に収めたと思ったのに……国軍のほとんどは、前王の手のものばかり、残った連中はてんで役に立ちやしない。領土もこの国やジャセンベルに奪われていくばかりだ」


「それで?」


「そうなったら、道は一つしかないだろう? 自国より大きな国に添って生き残る、それだけよ。今や庸儀は私の自由でどうとでも動く」


「これは驚いた。ご自分の国を売ると仰るのですか?」


「売るんじゃあないよ。有効に使うだけだ」


 その答えに、マドルは含み笑いをすると切り捨てるように言い放った。


「ひと押しで簡単につぶれそうな国と、手を組んだところでなんのメリットがあると? わざわざ従えなくとも、我が国が奪い取ればそれでこと足りるでしょう」


「争いとなれば、庸儀も抵抗はするさ。手を組むことで、お互いが無傷で済むじゃあないか」


「しかし、なぜ私に? 貴女の仰るとおりならば、我が国の皇帝に取り入ったほうが早いのでは?」


「ジジイの相手はもう飽きたんだよ。それに今、実質この国を取り仕切っているのは、あんただと聞いた。どう? 鬼神が手に入ることはメリットにはならないかい?」


 ジェは挑発するような視線を送ってくる。

 確かに、この物資も兵も不足している状態で、それを使わずに一国が手に入るのなら十分とも思える。

 鬼神までも手に入るというのならなおさらだ。


「あなたが鬼神であるという証は?」


「この赤い髪がその証拠だ」


「たかが髪ごときが証拠とは……それで納得すると本気でお思いですか?」


「だったら、私の力でヘイトの一軍を落としてみせようじゃあないの」


 唇を噛みしめて言ったジェの言葉に、腕を組んで少しのあいだ、考え込んだ。

 伝承が本当ならば、もっと大きな功績を上げられる気もする。

 けれど他国より豊かなヘイトの領土もほしい。


「そう……ですね、いささか物足りない気もしますが、まあいいでしょう」


 男たちの意識も戻ったようだ。


「それで、手を組んだあとのあなたの望みはなんですか?」


 マドルの問いかけに、ジェはニヤリと笑う。


「私は別に、国を手中に収めることなどどうでもいいわ。相応の地位を得て誰をもかしずかせ、自由に贅沢に暮らしたいだけ。いつまでもジジイの相手なんてまっぴらさ」


 ゆっくりとこちらへ近づきながらそう言い、マドルの耳もとに顔を寄せてくる。


「ねぇ、私に自由と贅沢な暮しをちょうだい。一部隊を任せてくれるなら、あんたが望む領土だって、いくらでも奪ってきてあげる。いずれは泉翔だって……それだけのことで庸儀が手に入れられれば、あんたの立場としても悪い話じゃないだろう? これからゆっくり今後のことを話し合おうじゃないの、あんたの部屋で……」


 肩に乗せた手をマドルの首に回し、耳もとに寄せた唇を、そのままマドルの首筋に這わせ、ジェはそう言った。


「こんな枯れ果てた土地に、なんの魅力もありやしない。ほしいのは泉翔……あんただって同じでしょう?」

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