第203話 秘め事 ~穂高 2~

 多分、鴇汰は今、自分の中で必死に感情を抑えているつもりなんだろう。

 それでも、不機嫌さも嬉しさも、顔にしっかりと表れているから面白い。


(待ってるから)


 たったそれだけの言葉で、あんなにも嬉しそうな表情を一瞬でもされると、穂高まで嬉しく思うのと同時に、子どものころの恋愛感情を思い出して照れ臭くなってしまう。


 女の子たちを相手に歯の浮くようなセリフを平然と言っては、散々遊び回っていたやつと同一人物とは、とても思えない。


「なんだ、まだ出かけていなかったんスね」


 気がつくと、全員が会議室を出てきていた。


「ちょうど昼どきだ、みんなで一緒に飯でも食いに行くか? 巧、おまえはすぐに自宅に戻るのか?」


「そうねぇ……子どもたちもまだ道場だろうし、お昼を済ませてから戻るわ」


「みんなで一緒に飯を食うなんて、滅多にないッスもんね。早く行きましょうよ」


 腹が減っているだけなのか嬉しいと思っているからなのか、早足で車に向かった岱胡が手招きをしている。

 花丘に着くと、一番大きな店に入り、個室を取った。


 それぞれが好きなものを食べ、雑談を繰り返す時間はとても穏やかで、普段の忙しさもあさってからの不安も、少しのあいだ、忘れさせてくれる。


「ずいぶんと機嫌が良さそうじゃない? あれなら、大陸へ渡っているあいだも大丈夫そうね」


 隣の巧が肘を突いてきて、鴇汰に視線を向けた。


「まったく。わかりやすいやつだよ、全部顔に出ているからね」


「ま、そのほうがこっちも対応しやすいから助かるけどね。これで少しは向こうに行っているあいだの不安が減るわ」


 巧はクスクスと笑い、安心した表情を見せた。

 穂高もその気持ちがわかるだけに、機嫌が良さそうに岱胡と会話をかわしている鴇汰を見ながら、つい、笑みがこぼれる。


「ところで梁瀬さんは、まだあのことを?」


「あぁ。ヤッちゃんねぇ……」


 巧は一番はしの席で一人、難しい顔をして、黙々と食事を続けている梁瀬に視線を移した。


「どうしても、ってずいぶんとごねてたから。あまり無理をいうやつじゃないのに、トクちゃんも困ってたけど……行き先はヘイトだし、少しのあいだならってことになりそうよ」


「そう……」


 大陸に渡ったついでに、どうしても調べたいことがあるんだと、今日になって突然に打ち明けられた。

 古い伝承についてわかることを一つでも持って帰りたいと言っていた。

 徳丸と巧が、しつこく理由についてを聞き出そうとしていたけれど……。


「ハッキリと言いきれないから、今は話せない」


 その一点張りで、梁瀬は一向に引こうとしない。

 自分の意見を押し通そうとするタイプではなく、なにかをするときには思惑のすべてを語ったうえで、他人も巻き込んで調べつくそうとするのに、今度に限っては恐ろしく口が堅い。


 シタラの黒玉の一件で、意味の良くわからない式神を送ってきたことと、なにか関わりがあるんだろうとは思っている。

 とすると、その調べたいことの中身はきっと麻乃に関連することだろうというのも想像がつく。


 鬼神の血筋はあくまで泉翔に伝わるもので、大陸の古い伝承で麻乃に繋がるなにかがわかるとは思えないし、なぜそれを知ろうとするのか、その意味も理解できない。


 ただ、梁瀬のことだ。

 うちに強かさを隠し持っているぶん、手ぶらで戻ってくるはずはないだろう。

 戻ったときに持ち帰ったものがなんなのかを、穂高も知りたいと思った。


「俺は少し興味があるかな。初めて行く国だし、様子も変わっているだろうから難しいことはたくさんあると思うけれど、俺も庸儀でなにか手に入れられるものがあるなら、協力してあげたいと思うよ」


「あんたまでなにを言い出してるのよ?」


「だって、いつも梁瀬さんには世話になってるしね。もちろん、進んでなにかするっていう意味じゃなく、通りすがりに必要と思えるものがあったとしたら、ってことだよ」


 巧は机に肘をつき、湯飲みを手のひらで包むように持って視線を天井に向けた。


「そうねぇ……いくつか村を通り抜けるものね。場合によっては持ち帰れるものがあるのかもしれないわね」


「行ってみてからじゃないと、どうにもいえないし、期待をさせても手ぶらで戻る確率のほうが高いけどね。なにかしてあげたいと思うんだ」


「わかった。考えてみようじゃないの。ただし、行きは絶対に駄目よ、なにもしない。するなら帰りね」


 巧の言葉に、穂高は大きくうなずいた。

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