第196話 秘め事 ~麻乃 3~

 多香子の口もとが緩み、麻乃も照れ臭さが薄れる。


「当たり前じゃないの、私は麻乃ちゃんの姉なんですからね、そういう話しくらい、いくらでも聞くわよ」


「ホント?」


 問いかけると、大きくうなずいてくれた。

 もし、本当に誤解されていたんだとしたら、その誤解は解けたと思う。


「ありがと……じゃあ、あたし帰るね。急にこんな話ししてごめんなさい……戻ってから話しを聞いてもらって、ちゃんと考えて……それで、もしもうまくいったときは、そのときはちゃんと多香子姉さんにも紹介するから……それまでは、この話しは内緒にしてね」


 麻乃はそっとドアを閉め、部屋を出ると玄関まで駆け戻った。

 待っていた市原が、麻乃の顔を見るなり怪訝な表情を浮かべた。


「なんだおまえ? 突然どうした? しかもそんなに赤くなって」


 そう言ったのを聞こえない振りをして、車に乗り込んだ。

 道場へ戻り、市原と二人で高田に多香子のことを報告すると、どうやら薄々は気づいていたようだった。


 修治には伝えない旨を話すと、黙っていることに対して渋い顔を見せた。

 高田が一言、修治にも、きちんと話せ、と言ったら従うしかなかったけれど、市原が懇々と残されるものの思いを告げると、高田は言わずにおくことに納得したようだ。


 前にも、大陸へ渡る麻乃の思いと残るものたちの思いを考えた。

 市原や塚本、多香子の話しを聞いていると、どう見ても自分たちよりもつらい思いを抱いているようだ。それだけ心配をしてくれているのだろう。


 麻乃はふと、稽古場でうたた寝をしている隊員たちに目を向けた。

 起きている何人かは、市原の言葉を聞いて同感だと言わんばかりの顔をしている。


 なんとなく気まずい思いで高田のほうを見ると、高田も当時のことを思い出していたのか、複雑そうな表情を浮かべている。

 今は高田も待つ身だから、どちらの思いもわかるのだろう。


 口にしなければ、言葉にしなければ伝わらないことがこんなにもたくさんあることを、麻乃はまた実感した。

 特に麻乃は言葉足らずだから、隊員たちにも想像以上に不安な思いをさせていることだろう。

 鴇汰のことも、今度の多香子のことにしてもそうだ。


「小坂、ちょっと」


 手招きをして小坂を呼ぶと、今にも眠ってしまいそうな隊員たちを起こさせ、宿舎に戻ることにした。


「なんだ? これから帰るのか?」


「ええ、こいつらには今回、頑張ってもらったので……おかげで豊穣のほうも準備がちゃんとできましたし、戻って少しゆっくりさせてやりたいんです」


 塚本に問いかけられ、麻乃はそう答えた。

 塚本の向こうで、それを聞いていた高田が微笑んだ。


「麻乃、もう準備はすべて済んでいるのか?」


「はい、ただ、刀が……修繕に出してまだ戻ってなくて……」


「まさか手もとにあるのが、炎魔刀だけだなどというのではないだろうな?」


「いえ、紅華炎があります。間に合わなくても問題はありません」


 そう答えながらも、少しだけ不安が残った。

 それを高田に見透かされるのが怖くて、早々に道場をあとにした。

 詰所までの帰り道、運転をしている小坂に後部席から身を寄せた。


「あたしがいないあいだのことだけどさ、食事が一番心配なんだけど、面倒だろうけどほかのやつらのことをしっかりまとめて、うまくやってくれるかな?」


「なんです? 突然そんな話し」


「だってさ、今年はこれまでといろいろ違うじゃない? 柳堀も出禁になって長いし、ずっと西に詰めっぱなしだしね」


 フフン、と小坂は鼻で笑うと、なにをいまさら……と、小さくつぶやいた。

 助手席の豊浦が麻乃を振り返り、いつもと変わらない笑顔を向けてきた。


「食事のことなら大丈夫ですよ。このあいだの角猪の件があったせいか、近隣から狩りを何件か頼まれてますし、それに俺たち、交代でほかの区に息抜きに出たりしてますから」


「えっ? そうなの?」


「ええ。それにどちらかっていうと、柳堀じゃないほうが都合いいやつもいますしね」


「柳堀のほうが近いのに、ほかの区がいいんだ?」


「そりゃあ、ねぇ? 松恵姐さんのところに隊長が出入りしてるとなりゃあ、ほかに行くしかないでしょう?」


 豊浦が小坂に同意を求めるように言った。


「あぁ、そういやあ以前、杉山たちと会ったねぇ。あんなの、たまたまなんだから気にすることなんてないのに」


「その、たまたまに当たるから怖いんですよ」


 松恵のところで杉山や石場と鉢合わせたときのみんなの驚きようを思い出し、麻乃は吹き出してしまう。

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