感受

第184話 感受 ~鴇汰 1~

 鴇汰は会議室で、ぼんやりと地図を眺めていた。

 何度も見たところで、恐らく岱胡がすすめるルートが一番いいんだろうとは思う。


 時計が十時を回ったころ、ようやく起きた麻乃は寝坊したと言ってあわてて飛び起き、道場へ戻っていった。

 昼過ぎには梁瀬も戻ってきて、三人で昼食を済ませると、岱胡は梁瀬を送るために北と南へ向かった。


 本来は休みなのに、鴇汰は一人ぽつんと西詰所に残されてすることもない。

 どうせ襲撃もないだろうと思い、夕飯の買い出しに柳堀へ向かった。


 頭の中で献立を組み立てながらいろいろと食材を選んでいると、松恵と行きあい、強引に店へ連れていかれそうになった。

 なにをする気も、なにもする気もないのに、女のことで変な噂を流されでもしたら今は困るだけだ。


 鴇汰はどうにか松恵を振り切って、詰所に戻ってきた。

 宿舎の空き部屋を一室、使うことにして、荷物も会議室から移してきた。

 下ごしらえを済ませ、のんびり風呂に入って小一時間ほど仮眠をとり、時計を見るともう五時だ。鴇汰は急いで調理に取りかかった。


(……帰ってこないな)


 宿舎に来る前に、岱胡の隊員に鴇汰の居場所は知らせておいた。

 麻乃にしろ岱胡にしろ、戻ってくればすぐにここがわかる。

 北を回って南へ寄ってくる岱胡はともかく、麻乃が戻ってこないのは……。


(まさか夕飯、道場で食ってくるのか?)


 ちゃんと予定を聞いておかなかったのは、鴇汰の失敗だったけれど、なんの連絡もよこさないなんて。

 まだ鴇汰がこっちに残ってることを、麻乃は知ってるはずなのに。

 七時を過ぎたころには、だんだんと腹が立ってきた。


 苛立ちを抑えようと部屋の窓を開けて空気の入れ替えをしたとき、かすかに蹄の音が聞こえた気がして、部屋を飛び出して詰所の入り口に走った。

 下におりると、ちょうど麻乃が帰ってきたところだった。


「あれ? どっか出かけるの?」


 また……的外れなことを……。


「麻乃も岱胡もいねーのに、出かけられねーだろ! 遅いからどうしたかと思ったんだよ」


「あ、そっか」


 そのまま会議室へ向かった麻乃は、自分の荷物をまとめている。


「もしかして飯、向こうで食ってきたのか?」


「あ、うん。少しだけど。それで……」


「なんだよ! そんなら連絡ぐらい入れてくれよ! 俺、飯の支度して待ってたんだぜ!」


 感情が抑え切れていないところにすっとぼけたことを言われ、言うまいと思っていた言葉が止まらなかった。


「俺一人、休みだってのにいそいそと飯の準備して、こんなところで馬鹿みてーに居残って……おまえのそういう神経、俺、本当に理解できねーよ!」


 そこまで一息で怒鳴ったあと、鴇汰を見つめている麻乃の瞳が沈んで見えて、ハッとした。


(しまった! 揉めないようにしようと思ってたのに、自分から突っかかっていくなんて――)


 一瞬の沈黙のあと、つと目線を反らした麻乃が肩からかばんをおろして言った。


「ごめん……そうだよね、連絡ぐらい入れられたのに。あたし、考えもしなくて……早く帰ってこようとは思ったんだけど、ホントにごめん」


 そのかばんを鴇汰の手もとに押しつけるように渡してきて、麻乃は小さな声でつぶやいた。


「あのね、ちょっといい肉が捕れたから、鴇汰のぶんももらってきたんだ。一緒に食べようかと思ったんだけど……あたし調理とか関わってないから、普通においしいと思うよ。ご飯……用意してあるなら要らないだろうけど、良かったら明日にでも食べてやって」


 麻乃は毛布を肩にかけ直し、地図を両手に抱いた。

 小さいせいでうつむかれると表情は見えない。

 また、このあいだのようなことになってしまうかと思ったのに、怒り出す様子はまったくない。


「今日は嫌な思いをさせて本当にごめん。あたし明日も早いから、もう寝るね。おやすみ」


 鴇汰が受け取ったかばんはずっしりと重い。

 一緒に食べようと思ったと言うけれど、中に入っているのが食べ物だけだとしたら、二人分どころの量じゃないだろう。

 背を向けて歩き出した麻乃をあわてて追った。


「麻乃、本当に飯、食ってきたのか?」


 階段をのぼりながら、麻乃はコクリとうなずく。

 口をきかないつもりなのか黙っていることにまた少し苛立つ。

 深く息をはいてどうにか鎮めると、麻乃の足を止めさせようと後ろから肘を取った。

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