第172話 シタラの眼 ~鴇汰 6~

 しばらくして会議室に梁瀬が戻ってきた。


「思ったよりすんなり帰ってくれたよ」


 肩の凝りをほぐすように首の辺りに触れている。

 その首もとになにもかかっていないところをみると、やっぱり梁瀬も黒玉を身につけるのをためらっているんだろう。


「それよりあんたさっき、おもてでなにしてたのよ?」


「なんだ。見てたの?」


 梁瀬はポットからコーヒーを注ぎながら、テーブルに置いてあった食べ物を探って口に放り込んだ。


「式神?」


「うん。ホラ、蓮華のものにって黒玉をくれたでしょ? ほかのみんなにも渡すんだろうけど、この時間に西に来たってことは、行くとしたらこれからじゃない?」


「あぁ、そう言われるとそうだな」


「みんなのところへもシタラさまが行くのか、それとも別の巫女が行っているのか、それを聞こうと思って北と南、中央の巧さんに繋ぎを送ったんだよね」


「それを聞いてどうするんスか?」


 岱胡が横から素朴な疑問を梁瀬にぶつけた。

 同じことを思っていたから、梁瀬がどう答えるのか気になった。


「だって……起き抜けにすぐ出てきたとしか思えない時間だよ? しかも、このタイミングで麻乃さんのいる西区に来るなんてねぇ」


「なんか変な感じがするよな」


「あまり悪くは考えたくないんだけどタイミングがね……まず西区から、って感じなのが気になって仕方ないんだよね」


「これまでこんなことなかったろ? 今度に限ってなんで黒玉なんだろうな?」


 梁瀬が上着のポケットから二つのペンダントを出して机に置いた。


「結構、大きい石だから価値もあると思うよ。それを八つも……祈りが捧げられてるだけあって嫌な感じはしないけど、僕はちょっと……といって、置いていくわけにもいかないし」


「まぁ、荷物のどっかに入れていけばいいんじゃないッスか? 俺はそうしますよ」


 岱胡は胸のポケットに手を当てると、そう言ってまた地図とメモを見つめている。

 梁瀬はそれにうなずくと、ペンダントの一つを鴇汰に差し出してきた。


「麻乃さんのぶんは、目を覚ましたら鴇汰さんから渡してあげてよ」


「気が進まねーけど……しょうがないか」


 渋々、鴇汰はそれを受け取った。


「それから、三日後の会議だけど、みんな来るよね?」


「そりゃあもちろん。渡る前にみんなが顔を合わせるのはそのときだけですしね」


「俺も休みで中央かここにいるけど、出るつもりでいるよ」


 梁瀬はホッとしたような顔を見せた。


「僕、お昼にはここを出るつもりだけど、それまで実家に戻ってきてもいいかな?」


「全然構わないッスよ、俺が北に送っていきますから、帰る前に声をかけてください」


「うん、じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 出ていった梁瀬を見送り、立ちあがったついでに伸びをした。

 部屋の外は朝食を済ませた岱胡の隊員たちが、それぞれに出かけたり談話室へ向かったりと、行き来をしている。


「岱胡、朝飯どうする?」


「そこら辺にあるもんでも食うからいいッス」


「こんなの飯にならねーだろ? 食堂行ってなんか食ってこいよ」


「いいッスよ、別に。あ……もしかしてお邪魔な感じスか?」


「馬鹿! そうじゃねーよ! 俺が腹、減ってんの! 交代で食いに行ったほうがいいかと思ったけど、もういい」


 ニヤニヤ笑ってこちらを見ている岱胡を睨むと、ドアを勢い良く開けた。


「あ、鴇汰さん」


「なに?」


「俺、梁瀬さんを送ったついでに、南に寄ってきてもいいですか?」


 呼ばれて振りかえった鴇汰に、岱胡は真顔でそう言った。


「南? なんでよ?」


「会議の前に、修治さんと話しておきたいんスよね。時間かけないで戻ってきますから」


「そりゃあ構わねーけど……なにもないと思うけど、なにかあったら俺、対応はしても、おまえの部隊動かすの無理だぞ?」


「大丈夫ッスよ、なにかあったら、うちの茂木がまとめてくれますから」


「そうか。それなら行ってこいよ。時間ねーからルート決めくらいしないと厳しいもんな」


「ついでに植物の件も聞いてきたいんで、すいませんけどあとを頼みます」


 軽く頭をさげた岱胡に、夜中までには戻ってくれよ、と言い残し、鴇汰は食堂へ向かった。

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