第165話 北から西へ ~鴇汰 5~

 ひんやりとした風が通り抜けて、鴇汰は目が覚めた。

 窮屈なところへ閉じ込められたかのように、体が強張ってきしんでいる気がする。


 状況がつかめなくてぼんやりと横になったまま、視線だけ動かした。

 暗い中、目が慣れてくると、狭い車内にいることに気づいた。


(なんで俺、こんなところに……)


 そう思った次の瞬間、中央で梁瀬に運転を代わってもらい、眠ることにしたのを思い出した。

 ハッとして飛び起きようとすると、シートベルトで体が抑えられていて、勢いで鴇汰の肩にベルトが食い込んだ。


 焦って外して起きあがり、腕時計を見ると、もう午前二時を過ぎている。

 まだ頭が働いていないせいで簡単な計算もできず、中央を出た時間から指折り数えた。


(四時ぐらいに向こうを出たから……五、六……十時間も寝ちまったんだ)


 後部席に目をやると荷物はなにもない。

 窓を全部閉めて車をおり、ロックをかけると、伸びをして体をほぐしてから会議室へ向かった。

 明かりの点いているドアを思いきり開けると、中にいた岱胡と梁瀬が驚いた顔で振り返った。


「やっと起きてきました? ずいぶん疲れてたみたいッスね」


「あんまり良く寝てるから、このまま朝まで起きてこないかと思ったよ」


 岱胡が机の上にあったポットから、コーヒーを注いでいる。

 鴇汰は椅子に腰をおろし、両手で顔をこすると、フッとため息をついた。


「んなわけねーじゃん、それじゃ北を早く出てきた意味がねーよ。ったく、起こしてくれりゃあいいのに、もうこんな時間じゃんか!」


 起きられなかった自分が悪いのに、つい口調が荒くなる。

 鴇汰はムッとした顔で二人を睨んだ。


「そうはいっても、あんなに爆睡されてたら起こせないッスよ」


「それに、そのお陰で僕らも仮眠が取れたしね」


 テーブルのはしのほうには、食べもののゴミやグラス、カップが散らかったままになっている。

 部屋の空気がこもって淀んでいる気がして、窓を全部開け放つと、早々に片づけを始めた。


「おまえらなぁ、食ったもんくらい、片づけろよな」


「あぁ、軽く食べてそのまま寝ちゃったんスよね」


 岱胡がゴミを袋に放り込みながら言った。

 外から入ってくる風は夜のせいか、とても冷たくて、梁瀬がくしゃみをしている。


「仮眠を取ったってことは、まだなにもやってないのか?」


「そりゃあ、なにかしようにも情報持ってる鴇汰さんが寝てたんスから」


「そっか。そんじゃ、どうする? すぐやるか? それともまず、なんか食う?」


「僕、なにか温かいものを食べたいよ」


 梁瀬がそう言うので、洗い物をさげるついでになにか夜食を作ることにした。


「そういや麻乃は?」


「あの人ならさっきまでいたんスけど、いったん戻るって……」


 そこまで聞いたところで、鴇汰は会議室を出た。


(なんだよ、すれ違いかよ。ちゃんと起きてたら一緒にいられたのに。これならいっそ、朝まで寝てても良かったじゃんか)


 今日はどうしても眠気に勝てなかった。

 着いたら起こしてくれるだろうと当り前のように思っていたのに、まさか放置されるとは。


 急に冷え込んできた気がして、鴇汰は体が温まりそうなシチューを作った。

 大鍋を手に会議室へ向かう途中、宿舎のほうから麻乃が歩いてくるのが見えた。


「あれ? 起きてきたんだ? 朝まで寝てるかと思ったよ」


「えっ? なに? おまえ、道場に戻ったんじゃ……」


 風呂にでも入ってきたのか、麻乃はバスタオルで髪をワシワシと乱暴に拭いている。おまけに、またパジャマだ。


「いや、八時過ぎくらいに来て、それからずっといるけど? 今ちょっと宿舎に戻ってシャワーと着替え」


「ふうん……ってか、また髪、濡れたまま……それになんでパジャマ?」


 会議室の手前で足を止めた。

 少し先で麻乃も立ち止まり、こちらを振り返った。


「うん、梁瀬さんたちが仮眠を取ってるあいだ、あたし、鴇汰が起きてくるかもしれないと思って待っててさ、これから仮眠を取るんだよね」


「えっ? じゃあ宿舎に戻るのかよ?」


「まさか。布団で寝たら、きっと昼まで起きられないよ。会議室の隅にあるソファに毛布を持ってきたから、そこで寝ようと思って」


「あの部屋、変に冷えるぞ? 髪ぐらい乾かさないと、風邪でも引いたらどうすんのよ」


 麻乃がドアを開けてくれ、中に入ると机のはしに台拭きを敷いて鍋をおろした。


「岱胡、皿とスプーン!」


「へーい」


 岱胡が出ていってから、鴇汰は麻乃に問いかけた。


「麻乃どうする? 食ってから寝るか? 起きてから食う?」


「そうだな……食べてからにしようかな」


 喜んでるような表情で麻乃が答えたのが、やけに嬉しかった。

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