第163話 北から西へ ~梁瀬 1~

 中央に着いたときは、もう午後二時を回っていた。

 花丘で食事を済ませると、鴇汰はそのまま夜食の材料を買い込んでいる。


 やけに足もとがふらついているように見えて、梁瀬が荷物を半分持ってやると、鴇汰がポツリとつぶやいた。


「駄目だ……すげー眠い……このまま運転はちょっとマズイかも。運転任せて、俺、寝てていいか?」


「そりゃあ、僕は全然構わないけど、ホントに僕が運転してもいいの?」


 梁瀬自身、運転が荒いことはわかっている。

 みんないつも、絶対に梁瀬にハンドルを握らせないようにしているのも知っている。

 それが今日は鴇汰のほうから任せてもいいか、と言ってきた。


 嬉しさでつい緩む口もとを見て、鴇汰はひどく不安そうな表情を浮かべたけれど、なにかを思いきったようにうなずいた。


「頼むよ、事故を起こすわけにはいかねーもんな」


 と言い、買い込んだ荷物を車に積み込み、助手席に崩れるように横になった。


「うん、わかった。具合が悪いわけじゃないよね?」


「あぁ、全然……ただ眠いだけ……」


 エンジンをかけると、鴇汰はその振動で、もう眠りにつきそうになっている。


「夕べ、寝てないの? 一応、あまりスピードを出さないように運転するけど、ベルトちゃんと締めておいてね」


 聞こえているのかいないのか、鴇汰はかすかに首を縦に動かすと、不器用な手つきでベルトを締めた。

 それを確認して、梁瀬はアクセルを踏んだ。


 中央から西区の山に入るまでは、そこそこにスピードを落とし、なるべく丁寧にハンドルをさばいた。


 時々、鴇汰に目を向けると死んだように眠っていて、ピクリとも動かない。


 さすがに梁瀬も不安になって、何度も車を止めては鴇汰の口もとに手をかざし、息の有無を確認してみた。


(とりあえず生きてはいるみたいだけど……ずいぶんな疲れようだな。どのくらい寝てなかったんだろう?)


 北詰所で鴇汰の姿を目にしたとき、顔が紅潮していて、やけに明るい雰囲気だった。

 巧が言っていた試してみようと思うこと、っていうのがうまくいったんだろうか。


(とすると、麻乃さんのほうも、僕らを大嫌いから格上げしてくれたのかな?)


 梁瀬はフフッと一人で含み笑いを漏らし、鴇汰がぐっすり眠っているのをもう一度確認してから、アクセルをグッと踏み込んだ。


 山あいのカーブを、思いきり車体を軋ませて走り続ける。

 誰にも文句を言われずに、思う存分、ハンドルをさばくのは本当に面白かった。

 西詰所に着いたころには、十分にストレスも発散できて清々しい気分だ。


 腕時計を見ると、まだ六時を回ったところで、中央から二時間ちょっとで着いたのはなかなかのものだ、と思いながら鴇汰を見た。


「まだ、眠ってるか……」


 梁瀬が車を降りて岱胡を呼び出し、荷物を詰所の会議室に運び込んでいるあいだも、鴇汰はまったく起きる気配がない。

 仕方なく、目を覚ますまで、そのままにしてやることにした。

 空気がこもるとかわいそうだと思い、窓を全開にして毛布をかけておく。


「この人、一体どうしたんスか?」


 岱胡が少し心配そうに、車の窓から鴇汰をのぞき込んだ。


「うん、なんだか寝てなかったみたいでね、中央からずっと眠りっぱなしだよ」


「梁瀬さんの運転で寝てられるなんてよっぽどッスね」


「僕も死んでるんじゃないかと思って、途中で何度も確認しちゃった」


「ま、とりあえず会議室に行きますか。鴇汰さんも目が覚めたら中に来るでしょ」


 そう言って静かに車から離れた。


「ところで今日は麻乃さんは?」


「あぁ、なんか道場のほうに行ってるんスけど、今夜は来られるかわからないって言ってましたよ。地図とメモはあずかってますけど」


 会議室の中に入り、椅子に腰をかけると岱胡から地図を受け取った。


「う~ん、地理情報もだけど、ヘイト国内の様子や奉納場所周辺の雰囲気も、聞きたかったんだけどなぁ」


「今夜、来られなくても明日は来ますよ。増築で部屋も十分あるし、どうせ泊っていくんでしょ?」


「まぁね、でもどうしようかな……時間があまるよね。柳掘でなにか食べるものでも買ってこようかな」


「あ、じゃあ俺も一緒に行きますよ、鴇汰さんが起きてくるの待ってたら遅くなりそうだし、夜食になりそうなもん買っておかないと」


 岱胡は早足で会議室を出ていくと、数分して身支度を整えて戻ってきた。


「ゆっときますけど、運転は俺ですからね」


 自分の車のキーを手にすると、梁瀬に向かってそれを揺らした。

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