第131話 再来 ~麻乃 3~
翌日の午後――。
とりあえず道場の裏口まで来たものの、麻乃は
外も中も今はまだ稽古中で、子どもたちのにぎやかな声が響いている。
どうしても扉が開けられずウロウロしていると、あっさりと塚本に見つかってしまった。
「来たか、不肖の弟子が」
「お久しぶりです。先生は……出かけてたりは……?」
塚本が首を横に振る。
「しませんよね、やっぱり……」
ガックリと落とした麻乃の肩を、市原が軽くたたいた。
「さっさと呼び出しに応じていれば良かったのに、馬鹿なやつだ」
「まぁ、あれだ、立ち合って数十発ほど打たれて終わりだろうさ」
二人とも意地の悪いことを言って、麻乃を脅かしてくる。
ないとは言いきれない辺りが、また怖い。
頬をパンパンとたたくと、意を決して中へ入った。
調理場で多香子が夕飯の支度をしているのか、水音や包丁の音が聞こえてくる。
そのまま通り過ぎ、麻乃は高田の部屋の前で膝をついた。
ここでも躊躇してしまい、両手で顔をおおったり、膝頭で手のひらの汗を拭ったり、襖に手をかけようとしたりしながらモジモジしていた。
「いい加減、入ってこんか」
部屋の中から痺れをきらした低い声が聞こえ、麻乃の体がビクッと震えた。
「……失礼します」
気の重さに比例しているかのように、襖も重く感じる。
高田は部屋の奥で文机に向かっていて、こちらに背を見せたまま、少し待て、と言った。
机の前に正座をするとうつむいたまま高田を待つ。
数分して高田が立ち上がり、机を挟んで向かい側に座ったのを感じた。
「昼飯はちゃんと食べたのか?」
「……はい」
「夕飯はどうするのだ?」
「詰所で隊員たちが支度をしています」
高田が鼻でフッと息を漏らした。
いよいよ来る、そう思うと麻乃の体はますます委縮してしまう。
「先だっての柳堀の件だが」
「……はい」
「最初に呼び出したとき、きちんと自分で説明をしに来るだろうと、私は思っていたぞ」
返事ができず、畳を見つめたまま膝の上でこぶしをギュっと握った。
「詳細はクマからも松恵からも聞いた。厳しくいうつもりは端からないが、二つほど言っておきたいことがある」
口調は静かだけれど、高田はきっと怒っているだろう。
確かにちゃんと説明に来るべきだった。
そんなことさえもできなかった自分を情けなく思った。
「まず一つは、街中で、しかも一般人を相手に簡単に抜刀するな。私はおまえをそんなふうに育ててきた覚えはない」
「……はい」
「そしてもう一つ、私を含め、周りのものをもっと信用しろ」
ハッと顔をあげた。
これまで麻乃の見たことがない、寂しそうな表情の高田と視線が合った。
「信用していないなんて、そんなことは……」
「おまえに言いたくないことや、言えないことがあるのはわかる。無理に話す必要もないが、誰もが心配しているのはわかるだろう? それを重いと思うか?」
「時々は……」
高田から視線を外して、麻乃はまたうつむいた。
「言いたくないなら、はっきりそう言えばいい。そんなこともできない間柄でもないだろう」
比佐子にも同じようなことを言われたのを思い出す。
「いずれ誰かに話したいと思うことや、探せなかった言葉が不意に見つかることもあるだろう。手当たり次第に噛みついて回って、相手を遠ざけるのは私はどうかと思うがな」
「時々、自分の感情がコントロールできないんです。ほんの些細なことなのにカッとなったり気づいたら柄に手をかけていることがあったり……」
机に身を乗りだして、麻乃は高田に訴えた。
「あとで凄く後悔するんですけど止められなくて、だから誰にも会いたくないし関わりたくない。あたし……このまま覚醒したら……怖くてたまらないんです」
高田は目を閉じたまま黙って聞いている。
「一人でいれば、誰かを傷つけることもないから、だからあたしは……」
「昨日、岩場での様子を見ていたが、隊のものたちとはうまくやっているようだな」
「あいつらは、みんなとは少し違うんです」
「以前はあのように、蓮華の連中とも関わっていたのじゃないか?」
「カサネさまには、一人になるなと言われました……でも、一人になれって、みんなを……蓮華を信用するな、って!」
思わず口調が荒くなり、身を乗りだしていることに気づいた麻乃はあわてて座り直した。
高田が目を見張って麻乃を見てから、眉をひそめた。
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